日本で一番恐いポスター

先日、街を歩いていて不思議なポスターを見た。可愛い女の子がニッコリと微笑み「麻薬だめ」と言っている。広告業界で10年働いた経歴を持つ私は、このポスターの目的を疑った。

も し一般人が麻薬に手を出すことへの予防を目的とするなら、麻薬使用に対しこれだけ厳しい刑罰が適用されますよと書くだろう。逆に、すでに麻薬に手を出して いる人への警告なら、麻薬のせいで人生を棒にふった具体的な例とかあるいは麻薬中毒でやせこけた男が手のひらで顔をおおう、そうしたポスターが適切だろ う。少なくとも私が、この仕事を請け負ったならそういうポスターに仕上げる。

可愛い女の子がニッコリと微笑み「麻薬だめ」と言っているポ スターを見て「危ない、危ない、麻薬に手を出しちゃいけない」と切実に感じる普通の日本国民がどれだけいるだろうか?あるいはこのポスターを見て「オレが 悪かった」とうめくような声をあげ、麻薬から離れこれからは真人間として生きることを誓う人がどれだけいるだろうか?どちらもゼロではないだろうか?私が このポスターを見て不思議に思ったのは、ポスターに全く広告効果がないからだ。では何故、このようなポスターが私が住んでいるド田舎の街角にまで貼られて いるのだろうか?

まずこのポスターで得をするのは誰だろう?広告会社や印刷会社だ。このポスターにどれだけの予算がついているのか私は知らないが1億円とすると広告会社は最低でも15%、1500万円の利益を得る。制作費用は数万円ですむだろう。

発 注主は誰だろう?ポスターには書いてなかったが恐らく法務省あたりと思われる。法務省はお役所でありポスターの費用は当然ながら国民の税金から捻出され る。その意味では、どうせ国民の税金なのだから広告効果があろうとなかろうと彼らには関係ないとも言える。これはただの税金の無駄遣いなのだろうか?私に はもっと悪質に思える。何故かというと広告会社では「縁故採用」が当たり前だからだ。

例えば官僚や政治家の子息、あるいは一流企業の役員 の子息、こうした人たちの多くが広告会社に採用されていく。また広告会社は官僚の天下り先でもある。つまり、このポスターは官僚や政治家が自分たちの天下 り先および子息の就職先確保を税金を使って行っているのだ。ただ広告会社もそうした便宜を図ることで将来に渡り安定した広告収入を確保できるから広告会社 が被害者ではない。

つまり、この広告の目的は麻薬撲滅とは一切、関係ないのだ。一方に税金を使って天下り先や自分たちの子供の就職先を確 保しようとする「広告主」がいる。他方には、安定した広告収入を確保しようとする広告会社がいる。抜けているのは国民の利益だ。少なくとも私には、そのよ うにしか解釈できない。

それを理解した私は暗然とポスターを眺めた。そのポスターの前で老人が二人会話をしていたが彼らは何らポスターに 疑問を抱かないようだった。何故、彼らはこのポスターに疑問を持たないのだろう?考えてみれば当たり前で、彼らは払った額を遙かにこえる年金を受け取り 「豊かな生活」をしている。あえて政治や官僚制度に異議を唱える理由がないのだ。

一体、日本でこのポスターの「真の恐ろしさ」を理解できる人がどれだけいるだろうか?まだ残暑の季節だったが私は寒気を感じたのだった。