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金髪女の誘惑
90
年代の中頃、私はクリスマス休暇を利用してパリに行くことにした。当時は翻訳の仕事をしていた。朝起きると夜中に届いたファクシミリが大蛇のようにトグロ
を巻いており、しかも1枚目の送付署に締め切りは明後日とかシレッと書いてあったりした。バブル崩壊後の不況のただなかではあったが膨大な仕事があったの
だ。1つは和文英訳をやれる日本人翻訳家が少なかったからだ。私の書く英文はミスが非常に多かったが、プルーフ・リーディングをやるアメリカ人に言わせる
と発想の部分が英語だから直すのが簡単だそうで、それなりにクライアントの指名があった。翻訳会社はどうか行かないで、旅行を中止してとまるで演歌歌手の
ように頼むのだが、私は華のパリに行きコンゴ人アーティストのコンサートを見て蝶のように舞い蜂のように刺すことで頭がいっぱいになっており翻訳の仕事の
ことはもはや頭になかった。
このパリへの旅行では安心と信頼の大韓航空を利用したのだが、その帰りのことだ。トランジットの関係でソウル
の空港内で数時間すごすはめになった。私が不機嫌に椅子に座っていたら、誰かが私の名前を呼んだ。顔を上げるとキャシーだった。この人は前のエッセーで出
てきたキャシーとは別の人だ。この人は長身の美人で、何故英語の仕事をしているのか日本人スタッフみんなが不思議に思っていた。モデルになれば数倍の収入
を簡単に稼げるからだ。だが、この人は美人を鼻にかけない非常に気さくな人で、当然ながら日本人、アメリカ人を問わずみんなから好かれていた。
「おっ、
キャシーさん、ソウルで一体何をしてるんですか?」と私が聞くと、クリスマス休暇を利用してエキゾチックな東亜細亜を極めようと兄さんと二人で韓国旅行を
したのだと言う。彼女の兄さんは妹に似合わず筋肉質なマッチョな人で、私はとりあえず挨拶をした。韓国で何か面白いことがあったかと私が聞くとキャシー
は、肉屋で動物の解体をしていたが血の海になっており、ものすごい印象を受けたと熱心に話しだした。アメリカの屠殺業者もたいして変わらないだろうと私が
答えると、いや比較にならないと彼女は言う。私は当時あまり半島に関心を持っておらず、そんなものかなと考えた。どうも彼女の韓国旅行はあまり楽しくな
かったようだ。
彼女と話をしているうちに以前、彼女に対し失礼な事を言ったのを思いだした。それはアテネ・オリンピックに関することなの
だが、彼女がアテネにオリンピックが戻ってくるのは素晴らしいとあるミーティングで話している時に私が、オリンピックが始まった頃のギリシャと今のギリ
シャは人種レベルで違っている、それほどの意味があるのかとズケズケと批判したのだ。私の批判は別に間違ってはいないが私はキャシーがギリシャ系アメリカ
人であることをすっかり忘れていた。その事を思い出した私は、1ヶ月前のミーティングでひどい事を言ったけど、キミがギリシャ系であることを忘れていた、
ごめんねと謝った。そうするとキャシーも気分を害していたらしく「うん、あの発言はちょっとひどかった」とか答えたのだが、私が個人的に謝った事を何か勘
違いしたのか彼女は妙に「ロマンチック」になった。
その頃にはすでに日本に戻り新幹線で一緒に移動していたのだが、彼女は体をこちらにす
り寄せ、列車が揺れる度に柔らかい突起物を私にぶつけた。前にも書いたがキャシーはモデルになれるレベルの美人だ。その金髪長身の美人が新幹線のなかで私
に体をすり寄せてささやくのだ。当然ながら他の乗客は私をジロジロと見た。
私は冷や汗を2リットルほど流した。彼女が本当にその気ならこ
ちらにも「対応」はあるのだが、彼女の筋肉質の兄さんが「発情した」妹をニヤニヤと眺めている。キャシーが本気であれば兄に他所にいけと言うはずで、彼女
が兄をそばに置いたまま体ばかりこすりつけてくるのは要するに、私をからかってるのである。
1時間くらい延々と「我慢」し、やっと自分の降りる駅が来た私は彼女と別れることができた。新幹線の車外に出た私は「この金髪淫乱セクハラ*>?+」と口汚く罵ったのだった。
金髪長身美人に迫られるのはみんなが考えるほど楽しい経験ではけっしてないんですよ・・・
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