ちょっと贅沢な国家破産 パート3

ソブリン格付けの考え方

2009 年2月、思うところがあり私はS&P、ムーディーズ、フィッチという3つの格付け会社に対し日本のソブリン格付けは不当に低いという主旨のメール を送った。驚いたことにフィッチから返事がきた。差出人はフィッチのアジア太平洋部門ソブリン格付けチーフのジェームズ・マコーミックというかただった。 このメールに書かれていることは中々興味深いのだが残念なことに、これは私信であり外部に漏らしてはいけないとある。だが、このメールに書かれている事柄 の多くは別に秘密でも何でもなく、格付け会社の格付け方針に関しての一般論を書いただけにすぎない。その部分のみ紹介してみようと思う。なお私はフィッチ の顧客になったことは一度もない。そういうレベルの投資家ではない事はお断りしておく。

2001年にフィッチは日本のソブリン格付けを大 きく下げた。この年に日本国債の未達があった。この未達は1%程度の僅かなものだったがフィッチを始めとした格付け会社は日本のソブリン格付けを大きく引 き下げた。だが2008年12月から1月にかけて行われた韓国債の入札において半分近くが売れ残るという事態がおきた、にもかかわらずフィッチは韓国のソ ブリン格付けを変更しなかった、これは格付けにおける整合性を欠いた行為であるというのが私の主張だった。対してマコーミック氏は幾つか理由をあげ、 フィッチとしては整合性を欠く行為であるとは考えないと反論された。その反論内容をストレートに紹介すると色々ややこしい事態が発生する可能性があるため に紹介しない。だが幾つかの興味深い主張は指摘したい。

まずマコーミック氏は、ソブリン格付けにおいてvariables(変数)と issues(問題)の2つが考慮されると主張された。ここからは私の推測なのだが、フィッチの格付けにおいては何らかの数学的な格付けモデルがあるよう だ。つまり定量分析が行われている。何故なら定量分析を行わないなら変数を考慮する必要はないからだ。同時に社会学的な定性分析も併用されているようだ。 これは問題(点)を挙げていることから推測する。恐らく、その問題というのは地政学的なものとか社会の特性などだと私は考える。つまりフィッチの格付けに おいてはまず定量的な格付けモデルが使用され、それを補完する形で定性分析が加味されるようだ。わかりきった事を書くなと怒ってはいけない、これまでそう した格付け会社の格付け手法に関して具体的に説明した人はほとんどいないのだ。

同時にマコーミック氏は、フィッチはソブリン格付けにおい て国債の未達や、外債と内債の区別を重視していない、我々は政府債務のGDP比率を最重要視しているとも解釈することが可能な表現を使用された。そして政 府債務のGDP比率で見る限り韓国の現在(2009年2月時点)でのソブリン格付けが整合性に欠けるとは思わないとも読める表現を使用された。以上でメー ルからの「引用」は終了する。

もし上に書いた私の理解が正しいなら日本のソブリン格付けが(不当に)低くてもしかたないだろう。日本の政 府債務の対GDP比率が高いことは事実であり、ソブリン格付けにおいてGDP比率が最も重視されるなら格付け会社が日本に対し与えてきたソブリン格付けも (それなりに)正当化されるからだ。

いやいや、内債と外債の区別もしないような格付けモデルなど信用するに値しないという反論は当然、考 えられる。私もそうした考えに与している。だがフィッチがどういう格付けモデルを使用しても彼らの自由だということは考慮しなければいけないだろう。格付 け会社はただの民間営利企業であることを我々は思い出すべきだ。つまり日本サイドに格付け会社の事情を無視した「過剰反応」があったように思える。格付け 会社が日本のソブリン格付けをボツワナ以下にした、日本は終わったという日本経済新聞を始めとした国家破産論者の主張での大きな瑕疵はソブリン格付けがど ういう過程を経て決められているかを全く考慮してない点にあると私は考える。

卑近な例を挙げればアイスランドだ。アイスランドはAAA格 付けから一挙に国家破産状態にまで劣化した。だが、格付け会社が国の債務において外債・内債の違いを重視しておらずGDP比率に重点をおいてると仮定すれ ば別に格付け会社は「デタラメな行為」をやっていたとも言えない。少なくとも私はそう考える。繰り返すが格付け会社はただの民間営利企業である。彼らがど のようなソブリン格付けモデルを使用しても彼らの自由である。

では何故、格付け会社は外債と内債の違いを重視してないのだろうか?これは ドル基軸通貨体制でこれまで世界経済が回ってきたからと私は考える。外債と内債の違いを重視するとアメリカにAAA格付けを与えることが不可能になるの だ。だが、これまでの世界経済がドル基軸通貨体制ベースで回ってきた以上、アメリカにAAA格付けを与える必要がある。そのためにには外債と内債の違いを 無視する必要があったと私は考える。そう考えた場合、世界最大の債権国である日本のソブリン格付けに「大きなブレ」が生じるのは避けられない。繰り返すが 格付け会社というのは民間営利企業である。

いやいやオマエはGSのような投資銀行が格付け会社と組んで世界を食い物にしてきた実態を知ら ないと主張されるかたがいるかも知れない。私は基本的に明確に確認できない陰謀論は確認されるまで無視すべきと考えている。この湯谷屋の手先めと怒っては いけない。私が陰謀論を嫌うのにはそれなりの根拠があるのだ。それはIMFである。ここ2年ほど、私はIMFサイトにおかれている論文をいくつか読んでみ た。そして気がついたのだがIMFが自分のサイトに載せる論文においても「ゴールドマン・サックスの調べによると」という表現が何回も出てくるのだ。理由 の1つはGSなどのデータ収集能力が本当に高いことにあるのだろう。だがIMFですらGSやモルガン・スタンレーの提供したデータを使用した論文を掲載し ているくらいだから格付け会社も当然ながらそうした旧投資銀行からデータ提供を受けていると考えるのが自然だろう。そうであるならGSやモルスタなどは IMFを含む大きな世界金融体制の一部であり、格付け会社と旧投資銀行が「癒着」しているのは当たり前のことではないだろうか?それが問題だと言うなら IMFのあり方から考え直すべきだろう。

要するに日本のソブリン格付けに関する問題は、むしろ日本経済新聞や国家破産論者のように格付け会社がどのような過程を経てソブリン格付けを決めているかを全く無視して「日本は危ない、資本逃避だ、外資を呼び込む必要がある」と洗脳工作を行う点だと私は思うのだ。

し つこく繰り返すが格付け会社は所詮、民間営利企業である。彼らには彼らの事情があり、格付け事情がある。だが日本が彼らの格付けを鵜呑みにする理由は全く ない。LIBORやジャパン・プレミアム、あるいは長期金利の上昇などの悪影響を指摘されるかたがいるかも知れない。だが日本は現在、深刻なドル不足にあ るのか、あるいは日本国債への需要が落ちているのかと言えばとてもそうとは思えない。

もう一度繰り返すが、格付け会社は民間営利企業であり彼らがどのようなソブリン格付けモデルを採用しても彼らの自由だ。日本がやるべきなのは格付けモデルの検証ではないだろうか?