音楽への熱意なんだな・・・

キンシャサで見る楽器はほとんどボロボロだ。だが楽器の良さと音楽の良さは関係ないのではないかと思う、あるエピソードを紹介したい。

一 人のコンゴ音楽ファンがキンシャサ市内を歩いているうちに偶然にKBムジカ(カー・ベー・ムジカ)という中堅バンドのレペティションに立ち会った。レペ ティションとは何かというと公開練習である。バンドの練習場(コンクリート塀に囲まれたただの空き地)にファンを入れた上で練習をするのだ。何故、こうい う慣習があるのか不明だが、恐らくファン・サービスの一環なのだろう。

こ のKBムジカの練習なのだが日本では信じられないものだった。ま ずドラム・セットが無かった。代わりに椅子が4つほど設置され、その上に段ボールがおかれていた。この段ボールを木の枝をナイフで削って作ったドラム・ス ティックで叩くことがドラミングだった。他には打楽器はない。ベースとギターは一応、ボロボロではあるが楽器らしきものがあったという。だが拡声装置がな いため全てアコースティック楽器だった。歌手は数人いたのだが、マイクもPAも無かった。仕方ないので歌手はマイクを握ったふりをして声を振り絞り、歌い 踊った。これはアマチュアの話ではない、キンシャサでそこそこ人気のあるプロ中堅グループの練習風景である。私が、この人に練習の感想を聞いたら「涙が出 るくらい良かった」と言われた。私は見ていないのでコメントしようがないが、実際バス停などで自然に始まるアカペラ・コーラスですら素晴らしかったから恐 らく私も同じ感想を持っただろう。

私が行った頃、キンシャサで 一番人気のあるバンドはパパ・ウェンバ/ヴィヴァ・ラ・ムジカだった。では彼らは良い楽器を使っているかというと、そんなことは無かった。そもそも彼らは 自前の楽器を持っておらず、コンサートの度にプロデューサーと呼ばれる連中に高い金を払って楽器を借りていた。その借りた楽器がまたすごかった。たとえば ドラム・セット。シンバルは全て赤く錆びており、数カ所大きな割れ目があった。スネアは遠くから見てもわかるくらい中心部がへこんでいた。しかし演奏自体は恐ろ しく良かった。

割れたシンバルというのは鳴らないだけでなく扱いが難しい。何故ならドラム・スティックが割れ目に入り込むとスティックが 抜けなくなるからだ。つまりドラマーはドラムを叩くだけでなく、割れ目をさけるとかスネアの皮(ヘッド)を破らないように叩くとか様々な気配りをしつつド ラムを叩きリズムを維持する必要があった。

その後、キンシャサでの楽器不足は幾分緩和されたようだ。だが、今振り返るとボロボロの楽器を だましだまし演奏していた頃がコンゴ音楽の全盛期だったように思える。それは私が思い出を美化しているのかもしれないが、当時は音楽をやりたいんだという 熱意がキンシャサのバンドに溢れていたからではないかと思う。そして今のPCベースで制作されたJポップを聴くとき、音楽は演奏技術でも録音技術でもな く、結局音楽をやりたいという熱意なんだなと思う。

ではオマエがサイトにおいてる音楽はどうなんだと言われると、あれはその、何だ、様々な事情があり・・・・

残念ながら紙面がつきたので、この問題はまた機会があればふれてみたい。