崩壊した2つのモラル

美 空ひばりを知らない日本人は少ないだろう。彼女は1989年に亡くなった。この時、日本中のメディアが大きく紙面を割き、彼女の死を伝えたが、朝日新聞だ けは小さく扱って終わりにした。これは彼女が暴力団とつながりがある「好ましくない」歌手として朝日編集局内では考えられていたからだ。

だ が、すぐに「読者」から猛烈な苦情が来たために、朝日新聞は改めて美空ひばり特集面を作らざるをえなかったというのはある程度、社外でも知られた話だ。だ が、この編集局の対応は社内では逆に猛烈に批判された。せっかく日本のメディアの中で唯一、「正しい対応」をしたのに読者に媚びて変節したという社内の批 判や不平・不満は相当なものがあった。私がいた広告ですら議論が交わされたくらいだ。ちなみに私は、この件に関しては読者が何を言おうと暴力団関係者を美 化する必要はないと主張した。広告では音楽狂として知られた私が、音楽より法律や社会道徳のほうが重要だという主張をしたのは、かなり意外だったらしい。

こ の点に関して自分の考え方を明確にしておきたい。私はエイズやエボラが大流行していた時期に上司と喧嘩をしてまで長期休暇を取り、コンゴに生演奏を聴きに いったくらい音楽が好きだ。だが私の周りの社会人を見ると、尊敬できる人生を送っている人の多くは音楽にまるで興味が無い。つまり社会的に尊敬できる人と 音楽ファン/演奏家というのは全く重なり合わないのだ。良い音楽家が良いモラルを持つ必要はない。だが、少なくとも違法行為をしてはいけないだろう。

こ の点に関して、どうしても納得できないのは坂本龍一氏の言動である。私自身、ヘタクソながら楽器演奏をする関係でRミュージック社が出しているキーボー ド・マガジンやサウンド&レコーディングという音楽制作系の雑誌は割と読んでいる。かなり前に坂本氏のインタビューが載った。アルバム「ビューティー」の 頃だったと思う。このインタビューの中で、坂本氏は「もし誰かがボクの娘(美雨さんのこと)を殺したら、探しだし自分の手で殺す」と言われたのだ。左翼過 激派活動家としても知られた坂本氏らしい発言だが、この発言はあまりに危険だ。

何故なら、坂本氏が言われていることは

1.自分が法律である
2.自分が警察である
3.自分が罪の重さを決める

と いう具合に日本国の基盤をなす三権分立、司法、行政、立法の役割を明確に否定しているからだ。私はこんなアナキズム宣言を平然とのせるRミュージック社に も、この発言に疑問を持たない坂本氏のファンにも、坂本氏を頻繁に取り上げるTV、ラジオ、新聞というメディアの良識も疑った。思えば、この頃から「おか しな動き」が始まっていたようだ。

そして現在進行中の酒井法子や押尾学による覚醒剤MDMA汚染やもっと深刻なコカイン汚染は、さらにお かしい部分がある。それはメディアが芸能界から麻薬や覚醒剤撲滅しようというキャンペーンを全く行わない点だ。いつから日本のTVや新聞は麻薬や覚醒剤を 容認するようになったのか?

悪く勘ぐれば自分たちも麻薬や覚醒剤ビジネスに荷担しているから、全てを曖昧にして終わらせたいように見え る。角界において大麻汚染があった時は、主要メディアは麻薬を使用する力士を厳しく非難した。事態を重く見た日本相撲協会が抜き打ちの尿検査を行った。少 なくとも日本相撲協会には良識があるようだ。

何故、酒井法子や押尾学を番組に起用してきたTVは「全ての芸能人は自主的に麻薬や覚醒剤を 使用してないことを証明しよう」というキャンペーンをはらないのだろうか?何故、大麻汚染事件の時の日本相撲協会のようにチェックすることができないのだ ろうか?ここでは芸能界のモラルの低下とメディアのモラルの低下という2つの問題がある。だが、実は2つあるように見えて両者の「根っこ」は同じなのかも 知れない。