捨てられた本の数々

昔、 朝日新聞社内で茶飲み話をしていた時、好きな作家とかの話題になった。私は自分が読書家と法螺をふいたことは一度もないのだが、彼らは私がどういう本を読 んでるかと聞いてきた。たまたま岩波書店の話になり「キミは岩波の本をどれくらい持ってる?」と聞かれた。私は正直に「岩波の本は1冊も読んだことありま せん」と答えたら、周囲の人が驚いた。彼らに言わせると朝日新聞社員で岩波書店の本を1冊も読んでないのはキミだけだと言う。恐らく、これは事実そうだっ たと思う。別に岩波に恨みがあった訳ではなく、洋書を読むのに時間を取られて、あまり日本語の本を読む時間が無かっただけだ。

これが80 年代末の話だった。90年代に入ると私はもう、文学や教養書への関心をほとんど失い、ごく希に買う本も実用書中心になった。この頃、ニフティー・サーブと かPCバンに入会した。1200bpsくらいだったろうか、当然使い勝手は悪かったが、会員の人たちは親切だった。

本そのものに完全に興 味を失ったのは2000年以降だろうか。もう単行本も雑誌も実用書も全く買わなくなった。実は昨日、季節の変わり目であり部屋の整理をしていたのだが、驚 いたことに現在、私が持ってる本はわずか1冊だった(PCソフトのマニュアルとかは除く)。2000年頃は、それでも本棚3つ分くらいはあったのだが、ゴ ミとして出していく内に、みんな消えてしまい、現在残っているのは英語のペーパーバック1冊である。

著者: John Storm Roberts
書籍名: Black Music of Two Worlds

この本はオックスフォードかどこかの英国の大学を出て音楽研究家になったジョン・ストーム・ロバーツがアメリカに活動拠点を移し書いた古典的名著であり、ポップスに関するかぎり、この本1冊あればほとんどの重要な事柄は説明できるのではないかと思う。

実 は私はこの本に惚れ込んだあまり、自費出版で出そうと思い、全文翻訳し、印刷所にフロッピー入稿までした。ところが、丁度その頃に昭和天皇ご崩御に発する 朝日新聞社内の報復人事が始まり、私は結局、印刷所から1000部の見積もりまで取りながら、この本を自費出版することができなかった。さらにわるい事に 当時はワープロ専用機で打っていたためにPCでの読み込みが難しかった。その内にフロッピー(5インチ!)がだめになってしまい、結局出版計画そのものが 潰れてしまった。

かつてはそれなりの読書家だった私が今は1冊しか本を持ってないことをどう感じているかというと正直、言って何も感じてない。何故ならネット上に転がっている情報を分析するほうが、はるかに自分の知的好奇心を満足させてくれるからだ。

1 つだけ、これからの出版界に期待することがある。それはカザディ・ワ・ムクナというコンゴ人音楽研究家が20年ほど前に書いた古典的名著「ブラジル・ポ ピュラー音楽におけるバントゥー族の貢献」というポルトガル語で書かれた本の翻訳出版である。本自体は色々なコネを利用してサン・パウロにあるリブラリー ア高野というお店から取り寄せて読んだのだが、私のブラジル・ポルトガル語は現時点では錆びきっており、ぜひこの名著を日本語で読みたい。そうすれば従来 は西アフリカ起源と考えられていたブラジルの様々なリズムや音楽スタイルが実はコンゴやアンゴラをふくむバントゥー族の音楽文化の正当な末裔であることが 明かされるはずなのだが・・・・・・・・・・