1本の電話が命を救う事もある

キ ンシャサに行った時にアンゴラのヴィザを取ったが当時、アンゴラは内戦状態で恐れていかなかった。本当は何とか行こうとしてパパ・ウェンバの従兄弟のサン トスと相談をしたりした。サントスは奥さんがアンゴラ人で英語も上手だったから貴重な情報源だった。サントスはキンシャサ − ルアンダ(アンゴラの首 都)間の長距離バスが出ているから、それを利用しろと言った。「そのバスは安全なのか?」と私が聞くとサントスは「問題ない」と言った。だが在キンシャサ 日本大使館に行きアンゴラ旅行の話をすると、このバスは国境辺りで頻繁にゲリラに襲われており命がおしいなら止めろと言われた。結局、私は日本大使館の情 報を信じてヴィザをとっていたにも関わらずアンゴラに行かなかった。

何故私はそれほどまでにアンゴラに行きたかったかというと80年代初 期のアルバム「O Canto Livre de Angola」というマルチーニョ・ダ・ヴィラというサンバ歌手が中心になってブラジルで開催したアン ゴラ人演奏家のフェスティバルのライブ・オムニバス盤が素晴らしかったからだ。アルバムではフィリーペ・ムケンガとアンドレ・ミンガスという二人のアコー スティック・デュオが2曲歌っており、その曲のディープな洗練に打ちのめされたのだ。

白石顕二さんというアフリカ/ブラジル両方に詳しい 音楽評論家がかつておられたが、ラティーナという雑誌が20世紀を代表するアルバムという特集をしたときに、このアルバムを入れらていた。このアルバムを 聞いてショックを受けたのは私だけではなかったのだ。ちなみに白石さんはアフリカに何回か渡航するうちにマラリアに感染し、そのせいで若くして亡くなっ た。別に白石さんに限らずアフリカ音楽に深く関わり命を落とした人は相当いる。冗談でなく本当に危ないのだ。

アンゴラの内戦は延々と続い た。30年以上続いた。日本ではほとんど報道されていないが。日本人のほとんどがアンゴラという国そのものを知らないのだから当然ではある。ところが 1993年だったと思うが国連監視下で選挙が行われ、アンゴラ内戦が一端、終了した。私は早速行こうと思った。それくらいアンゴラでの生演奏に興味を持っ ていたからだ。

80年代に1回アンゴラ・ヴィザを取っているのでヴィザの心配はしなかった。パリでとれなければキンシャサに行き、昔行っ た事務所でまたヴィザをとればいいと考えた。以前パリに行った時に、パリの国際空港からカメルーン航空が週に1便アンゴラの首都ルアンダ行きの便を就航さ せていることも確認していた。

だが長年の内戦の後でアンゴラがどういう状態なのか情報がまるでなかった。知ってる限りのアフリカ音楽関係 者に聞いて回ったがアンゴラの事情を知っている人はいなかった。多くの人は何故私がアンゴラに行きたいのか理解できないと言った。私は少しのリスクは我慢 するが冒険するつもりは毛頭ない。困ったあげく、私は外務省に電話をした。電話交換手は私の話を少し聞くと、「では中近東・アフリカ課におつなぎします」 と平然といった。マクドナルドでの注文のように電話が処理されたのに私は少し驚いたが、しかし外務省の担当者から最前線の情報をもらえるとは思ってなかっ たのでこれはありがたかった。

中近東・アフリカ課の人は予想以上に親切で、まずどういう目的でアンゴラに行かれるのですかと聞いた。私は アンゴラの音楽が好きなので、現地に行きライブを見たいと正直に言った。だがその人は別にあきれることもなく冷静にアンゴラの当時の状況を説明してくれ た。まず休戦があてにならないこと、アンゴラの空港はルアンダのはるか郊外にありタクシーやバスは少ないこと、そうしたタクシーやバスがゲリラの標的にさ れていること、タクシーやバスが拾えない場合、空港での夜明かしが出来ないため野宿する可能性があることなどだ。

要するにいろんな不安定要素があり、急務の仕事でないなら止めたほうが良いというものだった。私はどうしたものかとその日以来、考え続けた。パリまでのエア・チケットは簡単に取れたしヨーロッパと日本はヴィザなし協定を結んでいるから観光目的ならいつでもいけた。

と ころがその内に、選挙前はどういう結果であれ受け入れると言っていた反政府勢力(ウニタ)が公約を破り、首都ルアンダへの砲撃を再開した。これは新聞のベ タ記事で読んだ。私は非常な恐怖に襲われた。毎日アンゴラの情勢をチェックしたがそれから3ヶ月の間に数千人が死んだ。もし私が外務省から電話で情報をと らなければ私もその死者に入っていたかも知れない。

このサイトでの一連のエッセーを読まれている方はアフリカへの旅行をTVで見たケニア のサファリ程度に考えられているかもしれないが、実際にはこれほど危ないのだ。ちなみに私は冒険とか探検は大嫌いである。ワインを飲みながらボサノバを聞 くほうがはるかに好きだ。だが時としてリスクをとっても音楽を生で聞きたいという理不尽な衝動にかられる。基本的にアホだからだ(笑)。