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ジャズ君が代パート2
ジャズ君が代のmp3はこのサイトにおいてあるファイルのなかでもコンスタントにアクセスのあるファイルだ。そこで、もう一度この曲がどうやって生まれたかを説明してみよう。
数
年前(いつかは忘れた)の終戦記念日8月15日の2ch、DTM板で「君が代を色んなアレンジで演奏しよう」というスレが立った。これは2ch専門ブラウ
ザーとか使えば簡単に確認できる事実だ。私の記憶だとスレが立ったのは朝の7時頃だった。関係ないが昔は朝になると必ず立つと思っていたが最近は朝になっ
ても立たなくなった。歳かも知れないし糖尿病が始まりつつあるのかも知れない。このサイトにアクセスされるかたは若い人が多いと思うが若さというのは永遠
に続く訳ではないと警告しておこう。
私が8時半頃、このスレにアクセスした時点ですでにテクノ版とかいくつかの別アレンジ君が代をオレが
やりますという宣言がされていた。そこで私は誰もやっていなかったジャズ版をやりますと宣言した。これは朝9時頃だったと思う。そして実際のmp3をアッ
プしたのは昼過ぎの12時半くらいだった。3時間ちょっとで君が代にコードをつけ、アレンジをし、生楽器を演奏し、録音し、ミックスダウンし、マスタリン
グし、mp3に仕上げた。今、思い返しても信じられない速度だ。だが、これは2chの過去ログが証明する事実である。ちなみに当時はサンバ・マシーンとい
うコテらしきものを名乗っていた。
これは君が代に対するエネルギー=憤懣がたまっていたからだ。当時は多くの人が「君が代のメロディーは
単調だ」とか「西洋音楽になじまない」とか「国粋主義を想起させる」といった批判をしていた。そこで日本の国歌である君が代をおとしめる行動を取っていた
のが坂本龍一氏である。
http://www003.upp.so-net.ne.jp/eduosk/pianosaibann- syomei-yobikake.htm
陳
述書を見れないので断定できないが坂本龍一氏の考えだと君が代を演奏することは精神的苦痛であり、教職員であろうと演奏しない自由があるというお考えらし
い。私は何度も書いてるように地球市民なので坂本氏の考えに近い部分もあるのだが、何故、君が代を演奏することが精神的苦痛をもたらすのか理解できなかっ
た。
注意していただきたいが私は君が代の価値判断をしている訳ではない。ただ、ジャズ理論を少し勉強した者として、「君が代のメロディー
が単調」とか「西洋音楽になじまない」というクラシック畑の人を中心にした主張に大きな違和感を持った。ジャズのリハーモナイゼーションの考えに従えば、
メロディーが単調(何らかのモード・ベース)ならバックのコードを工夫すれば良いだけの話だ。
「西洋音楽になじまない」に関しては何を根
拠に、そういう主張がなされたのか理解できない。もし君が代が呂律という平均律以外の日本の伝統的音階で作曲されていれば、そうした主張も可能だが、君が
代は平均律で作曲されている。平均律で作曲されているということは君が代は西洋音楽ベースの音楽であることを示唆している。さらに軍国主義を想起させるフ
ンダララに関しては、音楽自体を馬鹿にした発言である。音楽の美しさはそうした世俗的事柄と全く関係ないからだ。
引用 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%9B%E3%81%8C%E4%BB%A3 他の反対意見には、メロディが稚拙で、盛り上がりがなく歌いづらいなどといった純粋に音楽的点を取り上げたものがある[要出典]。
反
対派ではないが、永六輔は、「さざれ石」の一息が続かずに「さざれ」で息継ぎをして後が微妙に遅れる者が出やすく、大勢で歌うと揃わない歌だと述べている
[16]。雅楽のメロディに五七五七七(短歌)の歌詞を無理やりはめ込んで音が余っているために、母音をひたすら伸ばして歌うことになるのが肺活量の少な
い者にはたいへんだという。ちなみに朝鮮半島のパンソリふうに歌うとピタリとはまるとも述べた。母音で伸ばすのはパンソリの歌い方だという永の意見に対し
ては、パンソリでなくとも母音で伸ばす歌唱法はあると内藤孝敏が指摘している[17]。
また永は、音階にレとラが無い琉球音階を伝統とした沖縄にとって、メロディの半分がレとラの「君が代」は諸事情を別にしても合わないとして、全国に一県でも歌いにくいところがあるなら国歌とするのはどうなのかと述べてもいる[16]。
引用終わり
永
六輔という人は音楽が全く理解できていないことがよくわかる。sazare-ishi noの息つぎが難しいならsazare (n)
ishi-noと解釈すれば問題はおきない。雅楽のメロディーに575とか言われているが、雅楽のメロディーは平均律ではありません。従って以降の主張は
全て無効です。パンソリに関してはコメントを避けたい。
琉球音階でレとラがアボイド・ノートなのは事実だが、それは音楽学者小泉文夫氏により、全てペンタトニックの変種である(ここでは非常に簡略化した主張をしています)ことが証明されたと私は思っている。
さ
らに音楽理論面から反論をすることも可能だが、取りあえず、ここで一端終了しよう。なお私が3時間ちょっとで制作したジャズ君が代に関しては改めてきちん
と録音してwikiに寄贈することを考えている。何故なら坂本龍一や永六輔の主張は音楽理論、特にリハーモナイゼーションを無視した国歌への誹謗中傷でし
かないと私は考えるからだ。
最後にふれるが私は君が代が特別に優れた曲とも思っていない。ただ一時期、貝殻節やかごめかごめなど多くの日本民謡を自分でジャズ・アレンジし楽しんだ者として、根拠なき誹謗中傷は止めてくれと言っているだけなのだ。
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