スイングする少女達と不透明な未来

映画「スイング・ガールズ」の元ネタであるBFJO Takasago(兵庫県立高砂高校のジャズ・ビッグ・バンド)の演奏をYouTubeで何曲か聴いた。呆れるほどのうまさだ。特にある年度のドラムを叩いている人は滅茶苦茶うまい。体から力が抜けきっている。

し かし、この娘達はどうやって楽器を購入しているのか?私が持っているヤマハの一番安いフルートですら3万円以上した。バリトン・サックスとかトロンボーン とか数十万するだろう。演奏技術がどうこうより、その点が気になった。私が彼らの年頃はギターが欲しくても買えず、質屋さんの窓ガラスの向こうにある質流 れのギター1万程度を「あれ、欲しいなあ」と思いながら眺めたものだ。1万のギターすら買えなかったのだ。時代が変わったと言えば、それまでだが・・・

し かしである、この人達は高校生でここまでの演奏技術を身につけて、その先で何をやるつもりなのだろう?ジャズ・サックス奏者矢野沙織のようにチャーリー・ パーカーのフレーズを吹きまくる事を目標にしているのだろうか?例え、パーカーと同じレベルの演奏技術を身につけても、そこには創造性のカケラもないのだ が。私には高校生にしてはうますぎる演奏者が何か音楽の分野で創造的行為をする姿が全く見えないのだ。何か魂のレベルでふるえるような経験をすれば化ける かも知れないのだが。そこで昔、私がキンシャサで経験した事を想い出した。

あれは80年代、キンシャサに滞在していた時だった。夕方、偶 然ビア・ホールに入った。たまたまライブ演奏がある日で、ギター、ベース、ドラムスのトリオで演奏していた。演奏自体はコンゴ風味のジャズ、ファンク、サ ンバであり特に面白いというものでは無かった。ギタリストはセットの最後に「マライカ」という曲を演奏し歌った。この曲は元々は南アフリカ民謡らしいのだ が、アフリカ全土で広く親しまれていた。日本で言えば「赤とんぼ」のようなものか。

そうすると、それまでビールを飲んでガヤガヤ喋ってい た男性達が一緒に歌い出した。しかもコーラスで。5度上と4度下を歌っているようだが、自分がバリトン、テナー、アルト、どのパートを歌えばいいのかわ かっているようだった。ビア・ホールに集まってる烏合の衆が即興で見事なコーラスをつけたことに私は驚愕した。それはあまりに馬鹿げて、ありえない行為で あり私は思わず笑い出した。笑っているうちに涙が出てきて、私は手で顔をおおって曲を最後まで聴いた。それは何かの冗談のようでもあり、神の気まぐれでお きた奇跡のようでもあった。

それから20年以上経ったが未だに、このビア・ホールでの感動を超える出来事に出会っていない。私自身は演奏 家として何ら成果をあげることができなかったし、これからも恐らくできないだろう。BFJO Takasagoの高校生たちは年齢からは考えられないほど の演奏技術を身につけている。彼らが、私がキンシャサで体験したような魂のふるえる体験をすれば何か新しい音楽を創造できると思う。自分が何も生み出せな かったから余計にそう思う。だが、きっと彼女たちは矢野沙織のようなテクニカルなジャズ的洗練に向かうのだろう。残念な事にそこには創造性は無い。