Wダイアゴナル・カレンダー・スプレッドを巡る神話
(この文章はデリバティブ手法を考察するもので、興味ないかたは無視してください)

お断り:私はデリバティブの勉強をしてるとは書いてるが儲けてるとはどこにも書いてません(笑)。

ネット上のオプショントレーダー・ブログを読んでいるとよくW(ダブル)ダイアゴナル・カレンダー・スプレッドという手法を見かける。Wダイアゴナル・カレンダー・スプレッドとは何か?例えば下のようなポジションである(原資産は日経平均):

Callサイド

期近                期先
ATM 1枚売り        ATM+250円、1枚買い

Putサイド

期近                期先
ATM 1枚売り        ATM-250円、1枚買い

ブ ログの中には、この手法が最も効率よいオプション戦略であると主張しているところもある。私はこの戦略の優位をずっと考えていたのだが、根本的なと ころで「欠陥」があると感じていた。だが、それが何かわからなかった。今日、やっと簡単な説明を考えだしたので、自分の考えをまとめるために書いてみる。なお 別に投資あるいは特定投資手法を薦めている訳ではない。

Wダイアゴナル・カレンダー・スプレッドをよく見てほしい。これは実はロング・バタフライである。だがバタフライのボディーの部分を期近に、ウイングの部分を期先におくという時間差変形を行っている。だが限月を無視すれば、ただのロング・バタフライだ。

Wダイアゴナル・カレンダー・スプレッドの構造的な欠陥は8つある(この私が考える欠陥は他の人にとってはただの特徴かも知れない):

1.限月を無視すればただのロング・バタフライだからウイングを外れたレンジでは損が出る
2.期近を売っているために大きくデビットのロング・バタフライになっている
3.このポジで利益を出すためには、タイム・ディケーが大きい期間である日数、ポジを維持する必要がある
4.長く、このポジを持つと簡単にロング・バタフライのレンジを外れるために、短期間で解消する必要がある
5.だが短期間では期近の売りがタイム・ディケーにより安くなるという利点を享受できない
6.さらに不味いことに、このポジはロング・バタフライのボディーを期近に移したために全体で大きな持ち出しになっている(2.と同じでデビットが大きいという意味)
7.従って、原資産が少し動くとポジは簡単に損を生み出す
8.ポジを作成するのが難しい割には報われない

つ まりWダイアゴナル・カレンダー・スプレッドというと何か素晴らしい手法のように聞こえるが、実際には時間差ロング・バタフライにすぎないのだ。そしてロ ング・バタフライのボディーの売りをわざわざ期近に持ってきたために多くの不利が生まれている。特にγを大きく敵に回しているのが痛い。また逃げ遅れた場合、SQ決済で損が強制的に確定する。このポジが利益を 生むのは 原資産(日経平均)がほとんず動かず、タイム・ディケーが大きく働く時だけだ。だがディケーが大きく働く時はオプションの残存日数が少ない時だ。従って、このポジは「構造的欠陥」により稀にしか利益を生み出さない(はず だ)。

と いうのが私の結論というか偏見である。しかし時間差ロング・バタフライが構造的欠陥を持っているなら、時間差ショート・バタフライは構造的長 所を持っているはずだ。何故なら反対の性格を持つからだ。この場合、ショート・バタフライの売りの部分(ウイング)を期先におき、買い(ボディー)を期近 におけば良いはずだが実際には、それでは恐らく利益は出ないと思う。何らかの工夫が必要だ。

オプションで利益を出すためにはオプション価格を構成する要素のどれかでリスクを取らざるをえない。何故ならリスク・フリーな取引は裁定取引となり、大手業者に個人が勝つことはほぼ不可能だからだ。

ではオプション価格を構成する要素とは何か?

1.ボラティリティー(IV、インプライド・ボラティリティー)
2.ギリシャ文字
3.原資産の変動

だ が原資産の動きがわかるならオプションより先物のほうがずっと良い。流動性がケタ違いというだけで魅力がある。となるとリスクを取るべき対象はIVとギリ シャ文字だけだ。しかしIVがこれから上がるか下がるかわかるなら、ややこしいスプレッドを組まずにATMのCall/Putストラドルを売買してればいいと私は思 う。IVとHVのサヤ取りは難しすぎて私にはわからない。

となると私も含めたヘタクソ・オプション・トレーダーがリスクを取れる部分はギリシャ文字しかない。主なギリシャ文字は

Δ、γ、ベガ、θ

の 4つである。そこで上に書いた時間差ショート・バタフライという手法に戻るのだが、時間差をつけているとはいえバタフライなのだからデルタの変動は非常に 小さい。デルタ中立と見なしていいだろう。ガンマも小さい。だがSバタフライの場合、原資産が大きく動いてくれたほうが利益になるのだからガンマは一 応、時間差 ショート・バタフライの味方だ。ベガは敵か味方かわからない。だが時間差ロング・バタフライが適切なタイミングで入って適切なタイミングで抜ける必要があ ることを考えると、時間差ショート・バタフライの場合、残存日数が多い時に作りSQ前日ないしはSQで解消すればいいはずだ。そしてSQ前日(最終取引 日)にはベガはほぼゼロになる。一方で全体のΔは中立のままだ。普通のショート・バタフライと違い、θは最大の味方だ。何故なら売り を期近におくことで、時間が経過するほど期近の売りと期先の買いのθ差が大きくなるからだ。

つまり

Δ:利益に無関係(中立)
γ:味方
ベガ:最終取引日までポジを維持することを前提にするなら利益に関係しない(中立)
θ:最初は敵だが時間が経てば経つほど強力な味方になる

つまり時間差ショート・バタフライでは敵が存在しないのだ。IVの変動とか証拠金の変更とか不確実な要素はある。だがバタフライは「裁定取引」だからダイナミック・ヘッジは不要のはずだ

と いう風にヘッポコ・トレーダーの私は考える。わかりやすく言うと市場メカニズムにより自動的にダイナミック・ヘッジされる「カレンダー・スプレッド」を作 ることができるかどうかである。従来はできないと考えられていた。少なくとも公表はされてない。私はポジの作り方の具体的なアイディアはあるが、試してな いので本当に有効かどうかはわからない。当然、他の人にも薦めない。

補足

原 資産が大きく動いて時間差SバタがディープITMになった場合、期近の売りの時間的価値はほぼゼロになるが期先の買いの時間的価値はまだ残っているので、 暴落・暴騰はSバタにとって+になる。一方で全く動かなくても損にはならない。何故、ならないかの理由は省略。

なお上に書いたバタフライの特色はSheldon Natenbergの "Option Volatility&Pricing"1994年改訂版(McGraw Hill)から引用している。可能な限り正確に引用しているつもりだ。

Natenberg によるとロング・バタフライがロングと呼ばれるのはデビッ ト・スプレッドを一般にロングと呼ぶ習慣があるからだそうだ。もしクレジットでLバタが作れるなら、作れるだけ作れとかいてある。つまり大きくデビットに なるロング・バタフライは「欠陥のあるロング・バタフライ」ということになる。ただWダイアゴナル・カレンダー・スプレッドをバタフライと見るかどうかは 別の問題だ。