40数年の長きにわたり

私は兄の病気にそれほど関与する気は無かった。兄が統合失調症だからと言って家族みんながそれにあわせていたら最終的には一家心中するしかないだろうと思っていたからだ。

そ うした考えが変わったのは20年前のある出来事だった。私はたまたま実家に帰っていた。夏休みの時期だったからだ。天候が良かったので私は海沿いの道路を サイクリングすることにした。私が出る時、兄はその当時飼っていた犬に何か話しかけていた。それは別に珍しいことではなかった。そもそも人間と会話が成立 しないからだ。

約1時間ほどサイクリングして家に戻った私は驚いた。兄は全く同じ姿勢で犬に話かけていたからだ。私の驚きの視線に気がついたのか兄は犬から離れ自分の離れ部屋に入った。しかし私は大きな驚きを覚えた。一体、兄は1時間以上も犬を相手に何を喋っていたのか?

こ の事件がどの程度、影響したのか不明だが私は山口県の実家で翻訳会社を立ちあげ兄に「手伝ってくれ」と言った。簡単なPC作業くらいできるだろうと考えた からだ。だが兄はPCそのものに拒否反応を示した。当時のOSはMS-DOSだったから兄に使いこなすのは無理だろうと私も薄々感じてはいた。という訳で 私ひとりで翻訳会社を運営することになった。この会社は1997年に最大取引先であるサイマル・インターナショナルが和議申請をし、実質潰れるまで、そこ そこの売り上げがあった。

月日は流れ今は2010年4月16日だ。もうすぐゴールデン・ウィークに入る。兄の誕生日もGWの中にある。ほぼ60歳になる。15歳くらいに発症してから45年、実に長かった。だが、それは不毛な時だけが経過した45年間だった。

だ が全く無為の45年という訳でも無かった。精神状態が比較的良好だった半年ほど新聞配達をして正規のお金を稼いだ時期もあった。弟が正社員として新聞社の 広告営業をやり、兄はその新聞社の新聞を配達していた時期があったのだ。精神的に異常な者を雇ってくれるような事業所が新聞販売店くらいしか無かったの だ。現在、兄の体力は急速に衰えており、恐らく朝日新聞を配った半年が彼の60年をこえる人生での唯一の就労体験となるのだろう。

私は確かにこのサイトで新聞社の独善性を告発している。だがTVとの比較において新聞社が遥かに地に足がついた職業であり、色々な都合で職をみつけにくい人たちに新聞配達と言う過去や経歴を問わない仕事を提供してきた部分に関しては大きな評価をしている。

もし新聞が潰れTVが行きのびるなら私は非常に残念に思うだろう。何故ならTVは全く社会に貢献することなく、日本国民の愚民化を進めてきたからだ。

将来、どうなるかは不明だが先に言っておこう。

「朝日新聞ありがとう、兄も新聞配達をして社会に貢献をすることができた」

2chなどでは新聞もTVも同罪であるという意見が多い。そして私もこのサイトで新聞社のありかたを告発している。だが、私の兄の人生における唯一の就業機会を与えてくれたのが新聞社であることを私は忘れてはいない。