ジャズの命は短くて苦しきことのみ多かりき

昔 のスイング・ジャーナルにおいてジャズ評論家の岩浪洋三さんが「私は大波が好きだ。台風が来ると、海岸に行き、自然の力を感じる。それは若さの象徴だ」と 書かれた。さすが伝統的なジャズだけでなく、電気化したマイルス・デービスの支持者でもあった岩浪さんらしい文章だと私は感じた。

皮肉な 事に、この文章を書いて数年後に岩浪さんは亡くなられた。若さは感じるだけで体は衰えていたようだ。一般的傾向として歳を感じるようになると「その手」の 発言をする。個人的に一番、印象に残っているのは女優の宇野千枝さんが90歳を向かえての「私なんだか死なないみたい」という発言だ。不思議な事を言う人 だなと私は思った。残念なことに、宇野さんは、この発言の翌年に亡くなられた。

そう言えばマイルスも亡くなる数年前のスイング・ジャーナ ルでのインタビューで「オレは90まで生きて音楽をやる。毎日、スパーリングをやって体を鍛えているんだ」と自慢した。マイルス・デービスがボクシングの 練習をしていたのは事実なのだがドラッグで体がボロボロなのも事実だった。マイルスもまた、この発言の数年後に死んだ。

上の例から見る と、むしろ体力が衰え、死を意識しはじめると「オレは死なない」的な発言をするようだ。逆説的ではあるが死を意識している人ほど「若さ」を強調するという 傾向は確かにあるように見える。宇野千代さんの発言は十分に長生きした上での洒落と取れなくも無いが、ジャズ関係者はドラッグと酒という不健康な生活を 送っているのだから長生きするわけがないのだが。

アメリカでの統計だが、職業別平均寿命というのを見たことがある。トップは最高裁判事と 政治家で、最下位は音楽家とスポーツ選手が争っていた。そう、意外な事にスポーツ選手は短命なのだ。その統計では平均寿命50歳になっていた。それはス ポーツが体を酷使する職業である以上、避けられないことだ。前回、「ライオンとカモシカはどちらが強いか」でも書いたが、生き残るという観点から見ると、 スポーツ選手は「ライオン」なのだ。音楽演奏家は、その日暮らしのキリギリスか。どちらも冬が来ると、一挙に死に絶える。

ジャズの命は短くて苦しきことのみ多かりき

私は意味も無くつぶやくのだった。ナンマイダブ、ナンマイダブ・・・・・

追記

マ イルス・デービスと言えば面白いエピソードを1つ思い出した。マイルスが1970年代に「アガルタ」と「パンゲア」という素晴らしいライブ盤を出した。正 確には、その前に出された「ダーク・メーガス」とあわせて電気マイルスの極地3部作と言われている。当時、ジャズ雑誌で健筆をふるわれていた鍵谷幸信とい うジャズ評論家(本職は慶応大学文学部教授)が「私は、この音楽が理解できたら死んでも良い」とスイング・ジャーナルに書かれた。

確かに 「アガルタ」と「パンゲア」は今でも過小評価されている名盤だと私も思うが、しかし「理解できたら死んでも良い」というほど難解で素晴らしい音楽かなと 思った。驚いた事に鍵谷幸信氏も、その発言の数年後に亡くなられた。もし鍵谷氏が生きていたら私は1つ聞いてみたい事がある。それは何かと言うと、

「アガルタ」と「パンゲア」でマイルスが何をやってるか理解できたんですか?

というものなのだ・・・・