私とキーボードとの出会い

個人的にお金を取って コンサートを開いても許せる唯一の日本人演奏家と考えている上原ひろみさんは6歳からピアノを始めたそうである。その頃、私は何をしていたかというとハッ キリした記憶はない。何でも暗いところでミャーミャーと泣いていたのは覚えている。ミャーミャーと泣くということは名古屋人かというとそうではなく山口県 のド田舎に育った。幼名はクンタ・キンテだった。だが湯船のふちが白く光っていたのは覚えているかというと、やはりそれも覚えてない。

で、 上原さんがピアノのレッスンに励んでいた年頃、私は何をしていたかというと農業の手伝いをやっていた。田植え、稲刈り、芋ほり、全て子供の頃にやった。当 時はまだ農薬があまり使用されておらず、川から水を引き込んだ田で田植えをしているとよくドジョウやフナを踏んづけた。ご存知かどうか知らないが、ドジョ ウは踏まれるとムギュウーと声を出す。ドジョウやフナを踏んづけて田植えをやったのだ。また芋ほりをやってると巨大ミミズとかモグラの穴が現れた。いくら 時代が違うとは言え、これは不公平だ!上原さんがピアノの運指を習っていた頃、私はドジョウやフナを踏んづけて田植えをしていたのだ!!!!!だが、いく ら叫んでも暗い過去を変えることはできないので冷静になり、私はいかにしてキーボードの練習を始めたかを書いてみよう。

私がキーボードを 始めたのは36歳の時である。上原さんと比較するとほぼ30年、遅い。たいした差ではないだろう。買ったのはローランドのPC200という安いキーボード で、これはドラム・パートの打ち込みをするために買った。だがキーボードが身近にあると、いわゆるピアノ的なフレーズも練習してみようという気になる。こ こで大きな問題がおきた。それは何かというと、どこがCなのかわからないのだった。

私はとりあえずマジックを取り出し、鍵盤の白鍵全てに C,D,E,Fと書いていった。これによりC(ハ長調/Cアイオニアン)での演奏は可能になったように見えた。だがマジックで音名を書いたキーボードを弾いていると汗で文 字がにじみ見えなくなった。さらに鍵盤全体が汚れた。そこで私は文房具屋に行き、赤と黒のシールを買ってきた。黒のシールはC、赤のシールはAの鍵盤に はった。すでに、この頃はCとAの位置さえわかればなんとかC(ハ長調)での演奏が可能にまで「上達」していたのだ。私はアントニオ・カルロス・ジョビン のように指1本でメロディーさえ弾ければ良いと考えていたので、それ以上の技術は必要ないと考えた。

そうした状態が約10年、続いた。そ の後、ローランドのA33という鍵盤に少しウェートがかかったものを買ってから初めて右手と左手を使うキーボード演奏を始めたのだった。ほとんど50歳前 だった。今、自分のサイトでミロンガ・パラ・ミ・アルマ(自分の魂に捧げるミロンガ)というピアノ曲(?)をおいているが、ここ数年でこれだけピアノの腕 前が上がったというのは自分でも信じられない。そこのあなた、笑ってはいけない。50歳前からピアノの練習を始めて数年で、あなたはピアノ・ソロ曲を自分 で作曲し演奏できるようになりますか?

私は自分が不幸な環境で育ったとか不満は一切、言ってない。何故なら、自分の好きなタイプの音楽を 制作するのに必要なキーボード技術は50歳前からはじめても十分に見についたからだ。ここで思い出すのは、コンゴを代表する有名なキーボード奏者ンゼンゼ (Nzenze)である。この人が、あるスタジオの仕事で呼ばれてやってきた。彼はスタジオにピアノがあるのに気がつき「指ならし」としてモーツァルトと ショパンを弾いたそうだ。ところが本番ではカシオか何かの電子キーボードを指1本で弾いた。私はこのセッションを見てないので断定はできないが、曲を聴く 限り、指1本で弾いているようにしか聞こえない。ンゼンゼはモーツァルトとショパンが弾けるからコンゴを代表するキーボード奏者になったのではない。コン ゴ音楽で求められている音を的確に弾けるから評価されたのだ。

6歳からピアノを習うことがはたして音楽制作に必要なのだろうか?むしろ田 植えや稲刈りをして自然の中で感性を育てるほうが重要かも知れないと私は思う。何故なら現在、自分の音楽を制作する上で十分なキーボード演奏技術があり私 はそれに満足しているからだ。逆に訊きたいのだが、上原さんの過剰とも思える演奏技術は本当に必要なのだろうか?上原さんの最近の技巧見せびらかし演奏を 聞くたびに、この人は作曲の才能という、より価値のある才能を無駄にしていると私は思う。

私は楽器は自分がやりたいと感じ、買うお金がある時に始めればいいと思う。小さい頃から楽器を習うことで見につくのはただの演奏能力であり音楽制作能力/音楽理解力ではないと私は考える。

追記

数年前にYouTubeでジョビンの生演奏ビデオを見た。ジョビンが両手を使ってピアノ演奏をしているのを見て私は大きなショックを受けた。それまで本当に右手の指1本で演奏していると私は考えていたのだ。

まあ、誰にも勘違いはあります(笑)