朝日新聞批判の先駆者たち
2010.08.09

引用(wiki)

2010年8月13日 (金) 14:05 (UTC)) 

稲垣 武(いながき たけし、1934年12月12日 - 2010年8月5日[1])は日本のフリーランスジャーナリスト。埼玉県生まれ。京都大学法学部卒業。朝日新聞に入社し、整理部長、週刊朝日副編集長を歴任して、1989年に退社。

引用終わり

2ch のスレを読んでいたら稲垣武という朝日新聞上がりの朝日批判者のスレが立っていた。正直なところを言うと私は始めてこの人の名前を聞いた。この人は退社後 に朝日批判を始めたらしい。私が退社したのは1989年12月だから、ほぼ同じ時期に辞めた人のようだ。私はこれまでに昭和天皇ご崩御の際の「異様な紙 面」に抗議した広告関係者を挙げてきた。一人は内容証明郵便を社長に送りつけて辞めた私であり、もう一人は広告における出世ルートの本道にいた東京本社広 告局広告1部長である。広告1部長の名前は忘れた。ともかく、この人は報復人事によりできたばかりの子会社に飛ばされたことは覚えている。稲垣氏も明示は されてないがそうした反乱組の一人なのかも知れない。

亡くなられた方を誹謗中傷するのは心苦しいが、この頃の朝日新聞は早期退職者優遇制 度をとっていた。それは何かというと、40歳以上で早期退職に応じるものには、正規社員と同等の給与を補償するというありえないほど「美味しい」退職勧告 制度だった。そして稲垣氏は明らかに、この制度を利用している。つまり、生活していく上で必要なお金は朝日新聞から受け取り、他方では朝日新聞批判をして 評論家として名をはせた訳だ。一方で私は激しく昭和天皇ご崩御に関する朝日の姿勢を批判したが、35歳で辞めたので退職金をもらって全ての関係は切れた。 朝日新聞から生活費を受け取りながら、雑誌を中心に朝日批判を展開するという稲垣氏の姿勢は偽善ではないのだろうか?朝日から生活費を受け取りながら本気 で朝日批判ができるか?私はできないと思う。

この点に関しては、稲垣氏と並ぶ朝日批判者である本郷美則氏も同じだろう。円満退職してから 始めた朝日新聞批判にどれだけの説得力があるのか?もし朝日の主張が問題と考えるなら、退職を待たずに辞めるのが筋だろう。本郷氏はそれをしなかった。私 の正直な感想を言えば、稲垣氏も本郷氏も「本当の朝日批判者」ではない。生活するためのお金を批判する対象である朝日新聞社から受け取っている人の朝日新 聞批判を信じろというのが無理だ(笑)。

本郷さんは朝日批判者から相当に美化されている。この人は一時期、私の上司だった。たまたま飲み にいった時に「どうして編集から広告に飛ばされたんですか?」と聞くとものすごい勢いでいかに不当な人事だったかを主張された。しかし、その本郷さんの主 張を聞かされる私は広告プロパーとして記事を書くことと全く縁のない社員生活を送っていた。この人は他人の気持ちを忖度しない人だなと私は思った。

だ から私の主張が正しいという気はない。ただ、一般論として考える時、何かを批判することはその批判対象の「営業妨害」を行っていると考えるべきだ。従っ て、批判活動において原稿料・講演料などの形でのお金を受け取りビジネスにすべきではないと私は考える。それは「敵」に弱みを見せるだけだ。お金は自分の 才覚で稼ぎ、余暇での純粋な無償行為として批判をすれば良いのだ。

私は櫻井よし子あるいは小林よしのりのようなプロ保守を軽蔑している。 それはプロ市民を軽蔑するのと全く同じ論理に沿っている。何かの主張をしたいなら、自分の才覚でお金を稼ぎ、そのお金で主張をすればいい。何らかの主張を オウムのように繰り返しお金を得て、生活する人はただの「言論乞食」だと私は考える。