ロック・バンドの損益分岐点
2010.09.21

(この文章は昔、書いたものに加筆しました)

先 日、英国の老舗ロック・バンド、The whoのコンサートが開かれそのコンサート・レビューが載っていた。メンバーが50代というハンデにもかかわらずギターを床にたたきつけるなど激しいアク ションがあったらしい。日本ロック界の草分け、鮎川誠氏は「元気をもらった」とコメントをされていた。だが私はどうしてもこうした行為が理解できない。何 故なら、そうした行為は経済原則に反しているからだ。このサイトはもう既にロック・ファンから十分嫌われているので自分の意見を自由に書く。

ロッ クで使用されるギターはストラトが多い。ストラトというのはギターの1つのモデル名で正式名称はストラトキャスターというのだが、安いものなら2万円くら いである。だがストラトキャスターを最初に考案したレオ・フェンダーが設立したフェンダ社ーのストラトはコンサートで「使えるレベル」のものは最低でも10 数万円する。ここに私の疑問がある。

ロックにおいて若さの衝動故にギターを床に叩きつける、それ自体は理解できる。実際、鳴らない楽器を演奏してると腹が 立ってくる。だが普通のロック・バンドがコンサートを開いて得られる収入はせいぜい20万円であり、ギタリストに渡るのは数万円である。つまりコンサート の度にギターを床に叩きつけていてはギタリストは半年後には巨額の借金を抱えて首をくくるしかない。つまりギターを床に叩きつけるという行為は採算が取 れないのだ。

そう言うと、いやいや床に叩きつけたギターも修理すればまた使えるという人がいるかもしれない。実際にブルーズ・バンドのギ タリストがステージでストラトのネックをアンプに激しくぶつけネックが折れた例をいくつか知っている。ほとんどはきちんとしたギター職人に頼めばまた演奏 できるようになった。だがギター職人はもちろん、ただでギターを直してくれる訳ではない。状態にもよるが新品を買い直した方が安い場合も多い。さらにス テージにギターを叩きつけると会場側から床とPA設備の修理代の請求書が来る。これは会場にもよるが相当な額だ。つまりどう考えてもロック・グループがギ ターを床に叩きつける行為は採算が取れないのだ。

ここでいくつかの考え方がある:

1.そうした費用は初期投資と考え、ひたすらビッグになることを目指す
2.ギター叩きつけをショウの一部と見なし損金=経費として計上する

1 の場合、ビッグに成れなければ借金だけが残る。2の場合は判断が難しい。ギター叩きつけをロック・ショウの一部と見なし損金に繰り入れるわけだからバンド のトータルな収支はプラスになる可能性がある。だがショウの一部と成れば、どのコンサートでもギターを叩きつける必要がある。第一、税務署が損金として認 めるだろうか?

1には夢があるが、2にはただ音楽ビジネスとしての義務があるだけだ。義務感からギターを床に叩きつけることほど虚しいことはないだろう。

要 するに、ロック・バンドの損益分岐点なのだ。ギターを叩きつけることで明白に費用が発生するがそれをどう負担するかだ。負担できなければバンドを解散する しかない。ここにThe Whoのコンサート及び鮎川誠氏のコメントの偽善と欺瞞がある。The Whoはロック・バンドとして成功して、もはやギターの修理代とか会場からの請求書など気にせずストラトを床に叩きつけられるまでにリッチになった、素晴 らしい、元気づけられる、もし鮎川誠氏のコメントがこういう意味ならロックというのは音楽とあまり関係ない、ただのビジネスだという私の主張に100%合 致する。繰り返すがロック・バンドも赤字コンサートをずっと続けることはできない、これは経済原則だ。ギターという楽器はネックが折れやすく床に叩きつけ ることで大きなショウ・アップ効果が期待できることも指摘しておこう。

これまで誰もロック・バンドの損益分岐点に言及しなかったのは奇妙な話だ。

追記

と ころで、そうした若さ故の暴走で私の印象に一番残っているのはThe Doorsのリード・ボーカリスト、ジム・モリスンがステージでチャックを下ろし客席に向かい射精したというものだ。これは正直アフリカ人にもできない行 為だと思うがそうしたバンドは30歳になる前にメンバー全員自殺するつもりだったのだろうか?

ロックは音楽と考えると理解できない点が多すぎる。音楽ビジネスと考えると簡単に理解できるのだが・・・・・