某大学探検部を批判する
2010.09.29

(2005年の文章に加筆しました)

数 年前、***大学の探検部の人達がペルーでカヌーによる河下りをしている時に現地の警備隊により尋問され殺されるという事件があった。当時の首相はこの件 に関して割と冷淡な発言をした。それに対してその探検部のOBが中心となってこれを問題視する意見広告を出し、首相が言葉が足りなかったと謝罪して終わっ た。

私はこの一連の事件の流れに非常に違和感を感じた。まず米軍の偵察衛星が人間一人一人の動きを捕捉できる時代に探検するような場所が 地球上にあるのだろうか?情報が少ない地域は確かにある。前のエッセーで書いたアンゴラがそうだ。だが、探検する場所なのか?彼らはペルーの河周辺は未開 の地だと考えていたのだろうか?

歴史を見ると多くの探検家が現地の住民に敵視され死んでいる。私は探検と言うのは自然との戦いよりむしろ 現地の人とうまく融和する方が重要と考える。現地の警備隊をうまくあしらえず死んだというのは残念な話ではあるが、しかしそれもまた探検の本質であり、探 検部をなのる以上当然、覚悟していたと思うのだが。

私の地域に米軍岩国基地がある。ある台風の後、彼らが大水でふくれあがった川をみてお もしろいと思い、やはりカヌーを出して川遊びをした。これはアメリカのような大陸であれば無問題だ。川の水量は緩やかにしか変化しないからだ。だが日本は 山国であり水量は急激に変化する。結局、その基地の人間は日本の警察により救出された。現地の事情を知らないと危険な目に会うという見本だ。

追記

ペ ルーの警備隊の連中がどの程度の給料をもらってたか私は知らない。だがラテン・アメリカの比較的発展してる国ブラジルでも下級公務員の給与は月1万円かそ れ以下の場合がある。コンゴでは公務員に10年以上給料が支払われていない。そうした事情は事前に調べた上で”探検”に出たのだろうか?私には探検部とい うのは甘えの象徴としか見えないのだが。

ちなみにもし私がそうした警備隊に囲まれたら、その場で裸になり財布やパスポートも含め全てプレゼントとして差し出して、「ヴィヴァ、ペルー!」と3回叫んですっぽんぽんで河に飛び込む。死ぬよりはずっとましだ(笑)。