思いこみは怖い
2010.11.21

(ここでは企業の実名を出していますが侮辱する意図は全くありません。ご了解ください)

昔、私が朝日新聞名古屋本社の広告営業をやってた頃の話だ。外回りから戻って来たら、私のデスクの周りに数人たむろしている。何があったのかと思い、自分の机を見ると「AP通信から電話がありました。至急、返事をしてください」とのメモがあった。

同僚達は「おい竹本、APに移るのか?」と言った。だがいくら考えてもAP通信と話をする事は無かった。約10秒ほど考え込んだ私は受話器を取った。

同僚達が固唾をのんで見守る中で私は言った。「栄美通信さんですか?朝日の竹本です。いつもお世話になっております。何かお電話をいただいたようで」

栄 美(えいび)通信というのは学校・進学に特化した広告代理店であり、特定業界内ではそれなりに認知されているのだが、電通や博報堂ほどは知られてなかっ た。AP通信ではなく栄美通信からの電話とわかった同僚達は一人去り、二人去り、やがて誰もいなくなった。大体、私はAP通信に移籍するなんて話は全くし てない訳で、メモを残したアルバイトの女性が全て悪いのだが、同僚達は冷たい視線を私に浴びせた。私は居心地悪くコホンと小さく咳をした。

すでに書いたように栄美通信というのは進学関連では知られた広告代理店だった。当時、朝日新聞とくんで進学相談会をやってたので学校担当の私はそれなりにつきあいがあった。だが、あまりに学校と進学に特化したために職場の同僚は、この広告代理店の名前すら知らなかった。

別の日に私が外回りから戻ると机の上に「ABC通信から電話がありました」というメモがあった。ABまではわからないでもないが一体、どこからCが出てきたのか?私は味噌カツを食べ過ぎると脳細胞が破壊されるのでは無いかという疑念を抱いたのだった。

栄美通信の場合は実害は無かった。だが実害が出たケースもあった。それはミロク会計である。これは東京本社にいた頃の話だ。当時、ミロク会計は事業を拡大しており、常時、人事募集広告を出していた。それは良いのだが、印刷局がミロク会計をいつもミクロ会計と活字にした。

当 時は鉛活字からオフセット印刷への移行期だったが、まだ鉛活字が主流だった。印刷局に回された広告原稿を職人たちが太いマッチ棒のような鉛の活字をひろっ て組んでいた。ところが印刷の連中はミロク会計をミクロ会計と脳内変換して組み上げた。ほとんどの場合、広告審査で発見され訂正されたのだが、ごく希にミ クロ会計で紙面に載ることもあった。この場合、広告料金をもらえないだけでなく担当営業が謝罪に行かざるをえなかった。そうした事件があってからミロク会 計は広告局内においてトヨタ、ソニー並みの「要注意広告主」となった。

扱い広告代理店がどこだったか忘れたが、彼らも広告主からボロクソに言われたらしい。以降のミロク会計の広告原稿には、わざわざ注として「ミクロでは無い」と書かれていた。80−90年代に新聞広告に関係した人、ほとんどが知っている有名な逸話だ。

人間というのは何か思いこんでしまうとなかなか、それを訂正できないという好例である。

そ う言えば私も他人を笑えない事件があった。あれは共同通信の就職筆記試験を受けた時だった。答案用紙の中に愛知県の地図があり「この湾の名前を書け」と あった。私は自信を持って名古屋湾と書いた。東京にある湾が東京湾であり大阪にある湾が大阪湾である。ならば名古屋にある湾は名古屋湾である。私の解答は 鉄壁の論理により裏付けされていた。

だが理不尽なことに、この湾の名前は伊勢湾であった。共同通信が不採用だったことは言うまでもない が、この件は大きなトラウマとなり私の心に残った。その後、名古屋本社配属になり私は名古屋港によく遊びにいった。地下鉄から出るとすぐに「名古屋湾」が 広がっており、海風に吹かれ気持ちが良かった。そして私は人生における不条理に深く思いを巡らしたのだった。

ピース&ラブ(笑)