鳩山由紀夫の正体
2011.01.10

引用

http://twitter.com/uesugitakashi

uesugitakashi がリツイート .孫さんの後頭部の毛が見えてまいりましたー。〜(・__・) RT @atomicsouls: ツイッターフォロー日本人最高は孫正義、鳩山由紀夫で6-70万。上杉隆氏の10万はなかなかの数字。  3分前 twiccaから

引用終わり

後頭部に毛髪があったのかという疑問はさておき、上杉隆氏が引用するTwitter教信者数を聞いて「それ、ほぼ日本にいる在日と違法入国者の合計じゃないか」と思った私は2chのやりすぎでしょうか(笑)。

孫正義に関しては頻繁にTwitterを更新しているしハッフィントンに投資したり(笑)と人脈作りにも励まれていることだし、理解できないこともない。問題は鳩山由紀夫に対するフォロワーの数である。

http://twitter.com/hatoyamayukio

これを見ると2010年は7月28日に更新された後は9月13日しか更新されていない。そして2011年になり1月4日に一度、更新されている。2−3ヶ月に一度しか更新されないTwitterをフォローする人はどういう人だろう?正直なところ私の理解を超えている。

と ころで上杉隆氏は自分のTwitterで孫氏と鳩山氏のフォロワー数を引用(re-Tweet)する際に内容とか更新頻度を確認しなかったのだろうか?し なかったのだろう、正常な判断ができるなら2ヶ月に1回しか更新されない鳩山由紀夫のTwitterに67万のフォロワーがあること=何らかの工作が行わ れていると考えるはずだ。

Twitter、上杉隆、鳩山由紀夫の正体が見えたような気がする(笑)。

追記1

引用(鳩山由紀夫Twitter)

私 が好きな吉野弘さんの「祝婚歌」にこんな一節がある。「正しいことを言うときは少し控えめにするほうがいい  正しいことを言うときは相手を傷つけやすいものだと気づいているほうがいい」。外交交渉の要諦はここにあると、昨今の外交案件をみてつくづく思う。外交こ そ人間関係そのものである。
6:39 PM Jan 4th webから

引用終わり

何か私には理解できな い発想だ。何故なら自然科学と異なり、人生における出来事において何が正しいかは別に定義されてないからだ。「エイズやエボラに罹患する危険をおかしても キンシャサにライブを聞きにいく価値はある」、これは私にとっては正しいが、99.99%の日本人にとっては完璧に間違った考えである。外交なんて狐と狸のばかしあいであり、そこにポエムを持ち出し正しいという時点で相当に危ないことは言うまでもない。

私 は吉野弘氏の「自分が言うことは普遍的に正しいのだ」という主張/考えのほうがキンシャサにいくより1000倍、危険だと思う。一方的に何が正しいのかを押しつ けるのは共産主義、左翼思想の特徴だと私は考える。そして吉野弘氏の経歴を見ると「左巻きのかほり」がウザイほど漂っている。

私の経験則から言うと大きな声で主張されていることはほとんど嘘である。疑うなら10年前の新聞を広げて論説委員様のありがたい尺八、いやその社説を読むといい。2011年までに日本国は10回は国家破産しているはずだ。

ほとんどの人が正しいと感じることは大声(vocal/vociferous)で主張されない。小声でも正しさが伝わるからだ。


追記2

vocal minority, vociferous minorityとsilent majority、どちらが正しいのか?

これもまた人、様々である。もちろんminorityに所属する人にとっては vocalな主張が常に正しいのだが。しかし正しい主張なら、吉野弘氏が主張されるように控えめに言うべきだろう。何故なら、大声で言わなくても正しさが 理解されるからだ。

私がこのサイトで書いてることの多くは自分の体験談である。そういう意味では正しいかどうかは別にして検証可能な「事実」だ。だが、それがまさにこのサイトがあらゆるメディアから無視される理由なのだ。人生も社会も外交も矛盾だらけですよ・・・