反国家破産論の叩き台
2011.02.11

最 近の国家破産論者/財政破綻論者は洗練されてきた。彼らの根拠となる論文はティンバーゲン研究所のものだったりする。なら反国家破産陣営も何らかの論拠と なる論文を出すべきと私は考えていた。ちょうど国際決済銀行(BIS)の論文に私の考えとほぼ同じものがあったので、これを翻訳してみた。BISは多くの 人に読んでもらうためにネット上に論文をおいているのだから、それを翻訳するのは意図的な歪みが無い限り、著作権侵害にならないと私は考える。なおプロの 翻訳者をやめて10年以上経っており用語など不正確な部分があるかも知れない。気づかれた点は遠慮無くご指摘いただきたい。また不審な点は原文表現を確認 することも強くお勧めする。なお、あくまでも議論の叩き台として翻訳していることをご理解いただきたい。

なおサブプラ危機前に書かれた論文であるために突っ込み所満載だが、基本的な部分では未だに正しいと私は考える。

http://www.bis.org/repofficepubl/arpresearch_fs_200703.02.htm

Interpreting sovereign spreads
by Eli M Remolona, Michela Scatigna and Eliza Wu, BIS Quarterly Review

ソブリン・スプレッドの解釈

(ソ ブリン・スプレッドは2つの要素からなる。債務不履行から生じる期待損失とリスク・プレミアムである。後者は投資家が予期せざる損失リスクを価格に織り込 むことを意味する。我々はこの論文でリスク・プレミアムはソブリン・スプレッドのより大きな部分を構成していることを示した)

近年、新興 国市場においてソブリン・スプレッドが大きくまた着実に縮小してきた。こうしたスプレッドは、新興国債務の利回りと同期間のリスクの無い政府債務利回りと の差分である。EMBI+指数(新興国債務を観察する上で多用される指数)における平均的なスプレッドは2002年10月の1020ベーシスから2006 年12月には170ベーシスにまで下落した。

この現象は新興国市場の借り手のリスクが減ったことを意味するのだろうか?ソブリン・スプ レッドに関する近年の文献の多くはこの疑問を答える上で、あまり役に立たない。原則として、ソブリン・スプレッドは債務不履行から生じる期待損失とリス ク・プレミアムの両方を反映している。リスク・プレミアムは投資家が予期せざる損失リスクとそのリスクをいかに価格に織り込むかにかかっている。にも関わ らず、これまでの文献はこの違いに十分な注意を払わず、しばしばソブリン・スプレッドの差額は債務不履行リスクを主として測定しているとの暗黙の想定をし ていた。

この論文において、我々は資産価格付け文献に沿った、ソブリン・スプレッド解釈の分析的な枠組みを提唱する。我々はこの論文にお いて債務不履行から生じる期待損失とリスク・プレミアムをCDSスプレッド・データと格付けされた債権が実際に債務不履行に陥った過去の例を使用すること により推定する。ここでの債権には政府債務と社債の両方が含まれる。我々は、ソブリン・スプレッドにおける期待損失部分は小さく、比較的、信用スプレッド が低い時期においてはリスク・プレミアムがより大きな役割を果たしていることに気がついた。

以降の論文の構成を示す。最初の章はソブリン 債と社債両方の債務不履行リスクとリスク・プレミアムに関する文献を検討する。第2章ではソブリン・リスクを測る手段としての債務不履行の確率を提唱し、 格付けされた債権が実際に債務不履行に陥った過去データに基づく予測手段の提供の例示をする。第3章においては、ソブリン・スプレッドを債務不履行から生 ずる期待損失とリスク・プレミアムに分解する。最終章において結果を要約し、将来の研究に向けたトピックを提供する。

第1章 債務不履行リスク、リスク・プレミアムとソブリン・スプレッド

ソ ブリン・スプレッドは、他の信用スプレッド同様に投資家を債務不履行リスクから補償するものだと想定されている。この補償の明確な構成部分には国家債務不 履行による期待損失がある。満期まで債権を保有する投資家にとって、この損失は債務不履行確率と債務不履行がおきた際の損失(債務不履行損失率)という単 純なものだ。債務不履行の確率自体が債務不履行を測る単純な測定手段だ。満期前に債権を売却する投資家にとって期待損失には債務不履行未満の信用劣化の確 率も含まれている。

ソブリン・スプレッドにおけるより目立たない構成要素にリスク・プレミアムがある。そうしたプレミアムは債務不履行か らの実現損が期待損失を上回る確率に対し、投資家に補償を提供するものだ。そうした債務不履行リスクは非対称をなす。何故なら債務不履行から生じうる損失 は、債務不履行が無い場合に受け取る利益との比較で大きいからだ。
Jarrow et al (2005)はリスク回避の投資家からなる世界における、債務不履行リスク・プレミアムが無い条件を導き出した。最初の仮定として、異なる債権の債務不履 行はそれぞれ独立したものであることとした。第2点として、投資家は特定債権に大きく偏ったポートフォリオを保有することに伴う固有リスクを多様化しなけ ればいけないとした。こうした条件が成り立つかどうかは経験則に基づく。我々は過去のデータを使用してソブリン・リスク・プレミアムがあるかどうか判定で きるのか、もしできるならどの程度意味があるのか?

社債の場合、経験則は相当に大きなリスク・プレミアムがあることを示している。実際、 この信用スプレッドにおけるリスク・プレミアムが余りに大きいと想定される為にDrissen(2005)はこの現象を「信用スプレッドの謎」と名付け た。Drissenは税と流動性効果以外の平均プレミアムは189ベーシスであると推測した。Berndt et al(2005)もほぼ同じ大きさの平均プレミアムを想定し、リスク・プレミアムが時間経過とともに大きく変化することを発見している。BBB/Baa格 付けの社債においてAmatoとRemolonaは債務履行の相関関係がリスク・プレミアムの3/4をしめ、残りの1/4は多様化できないことから生じる 固有リスクであると提唱している。国家の債務不履行において社債の場合より高い相関関係があるかどうかは不明だが、ソブリン債において固有リスクを多様化 するのは難しいとは言えるだろう。何故なら代替となりうるソブリン債の発行そのものが(社債より)少ないからだ。

そうであるとしても、信 用スプレッドは単に債務不履行リスクを測るものでありリスク・プレミアムを測るものではないという仮定が、ソブリン債の債務不履行の確率を測る構造モデル を提唱する近年の論文において共通して見られる。Gapen et al(2005)やOshiro/Saruwatari(2005)などは、企業信用リスクにおける標準マートン構造モデルをバランス・シートのレバレッ ジとオプションのボラティリティーを国用コンセプトを規定することにより国家にあてはめている。そして自分たちのアプローチは、リスク指標が市場のスプ レッドと時間経過の上で高い相関性を持つために妥当としている。Diaz Weigl/Gemmil(2006)はブラディー債権価格を均等にする構造モデルをあてはめてソブリン・リスク測定における債務不履行への距離を測ろう とした。彼らは驚きとともに、債務不履行測定距離の偏差における国固有の変数はたった8%に過ぎないことを表明している。だが、彼らがそうした結果を得た 理由として考えられるのは、彼らのデフォルト距離の測定が投資家のリスク回避から生じるリスク・プレミアムを主として反映しているからだ。

第2章 ソブリン・リスクを測定する

こ の章において、国家主体におけるリスク測定としてソブリン債の債務不履行の確率予測を提示する。当座の目的において、格付けされた債権が過去、示した歴史 的パフォーマンスからデフォルト確率を獲得しつつ、信用格付け情報に大きく依存することになる。その後、このリスク計測方法がソブリン・スプレッドが断面 的変異を説明する上で、どの程度有効かを検証する。

信用格付けの使用

ソブリン・リスク計測方法の開発において、我々は信 用格付け情報に頼ることにした。カントリー・リスク文献においては、The Institutional Investorによるカントリー格付けがソブリン・リスクに関する別の情報源として優先されているケースと対照を成す。だが、信用格付けに依存すべき妥 当な理由がある。Borio and Packer (2004)が説明したように格付けには以下のような利点がある:

(a) 格付け会社は格付けの判断基準と格付け方法を説明するがInstitutional Investorでの調査では回答者は説明を行わない

(b)格付け会社は過去の債務不履行格付けと現行格付けが一致するかを見直し報告している

(c)格付け会社は自分たちの格付けの正確さをビジネスとしているがInstitutional Investorでの回答者は匿名であり彼らの格付け理由の説明を行う義務がない

さ らにMicu et alが発見したように企業CDSスプレッドは格付け会社の発表により大きく反応する。我々は市場参加者がソブリン・リスクをどう計測しているかを推定しよ うとしているのだから、市場参加者が明確に依存している情報を使用することが重要と考えるからだ。

Altman and Rijken(2004)がなどが指摘したように、格付け会社の格付けには重要な瑕疵がある。格付け会社は長期的な側面に焦点をあてており、 through-the-cycle型の格付け方法論を使用している点である。結果として、格付けは、格付け会社が恒久的と考える信用品質の変化部分にし か対応しない。対してソブリン・スプレッドは短期的な信用劣化を気にする投資家のリスク査定を反映している可能性がある。スプレッドに反映されうる市場リ スク評価での短期的な変動可能性を抽出するために、我々は断面的なリスク・プレミアムのみを引き出す。その為に、そうした信用スプレッドが時間経過を伴う 平均を持つ格付けにより示されるリスク査定のみを比較することで実現する。

我々は3つの国際的な業界リ−ダーである、ムーディーズ、スタ ンダード&プアズ、フィッチの提供する格付けパフォーマンス情報を使用することにする。それには幾つか理由がある。まず、格付け会社により方法論は異なっ ているにも関わらず、市場参加者は各社の格付けがお互いにどう対応するのかを明確に理解している。例えばムーディーズによるAa格付けはスタンダード&プ アズのAA格付けに同じリスクを示している。Micu et al(2006)は2つの格付けは1つだけの格付けよりベターであることを発見した。信用ス プレッドは既に別の格付け会社が格付け変更を行っていても、同様の格付け変更に反応する。さらに、特定時点において格付け会社の格付けがお互いに異なるこ とは相当に一般的であり「格付け相違」を生み出す。こうした状況においてはCantor et al(1997)が見つけたように債権スプレッドは格付け の平均において価格形成される。この論文において、3つの格付け会社により観測されたデフォルト頻度の平均を持って個々のソブリン格付けのデフォルト確率 を推定する。

我々は外貨建てソブリン債部分にのみ焦点をあて現地通貨建て債務の格付けは無視する。こうすることで我々はソブリン債デフォ ルト・リスクを、インフレ期待や為替変動、流動性リスクといった非居住地投資家が現地通貨建て債務においてさらされるリスクと言う混同させる要素から分離 することができる。

翻訳終了

以降は全て狭義のソブリン債(外貨建て国債)のデフォルト・リスクを論じており日本は関係な いので翻訳を省略する。このBISの論文がBISを代表する考えではないにしても、自国通貨建ての政府債務でデフォルトすると主張する国家破産論者、特に 現在、財務副大臣を務めている五十嵐文彦民主党議員の考え方は明らかにおかしい。ネバダレポートを国会で持ち出して「IMFはこう主張している」と質疑を する程度の人に何を言っても無駄だろうが・・・・

追記

31ページにおいて重要な事が書かれていたので翻訳を追加。

社 債での例を無視する理由の1つはソブリン・デフォルトは社債でのデフォルトと非常に大きく異なるからだ。Eaton et al(1986)やBulow  and Rogoff(1989)が指摘したように、ソブリン・デフォルトはマクロ経済的要素に影響されているにしても、ほとんど政治的な決定だから だ。すぐにデフォルトをする代わりにソブリン債発行者は発行した債務のリストラクチャリングや返済条件交渉を開始するのが習いだ。そうすることにより、ソ ブリン主体は債務返済軽減と、国家の名声維持費用の増加、資産差し押さえ、規制監視強化、外部からの資金調達の制限、国際貿易での亀裂などとをトレードオ フをするのだ。