マスコミ雑感
2011.04.06

最近、私は他の人のブログなどにコメントを書かなくなった。元朝日社員のくせにという皮肉を浴びるからだ。お金も名誉も受けず、持ち出しでサイトを運営しさらに皮肉を言われるのではやる気もなくなろうというものだ。

大体、組織としての新聞社を知らない人間(小林よしのり等)が朝日新聞を悪の組織として描くから、そうした偏見が生まれるのだ。例えば、以下のような事件があった。

朝 日の内部では役職に応じて出版局の雑誌が配布される。私がいた頃はまだ朝日ジャーナルが発行されていた。ジャーナルが無料配布されるのは部長以上である。 ところが広告の人間はこの手の雑誌に興味ないので、庶務の女性が配ってきたジャーナルを受け取った部長は、そのままゴミ箱に入れていた。もちろん刷り立て の新品なので、ゴミ箱から出せば普通に読めたのだが、読もうという者もいなかった。

もちろん広告は広告で縁故採用など別の部分で病んでいたのだが、それは朝日新聞の記事や編集方針とは関係ない。

ところで私は「昭和天皇ご崩御、そしてマスコミ談合体質」という文章を4つ書いているのだが何故、広告は例え首になっても左遷されても新聞紙面全てを昭和天皇関連記事で埋めるのに反対したのかの説明が不十分だったように思うので、この文章をもって補足としたい。

ま ず広告は広告で「オレ達が日本最強の広告媒体を支えてるんだ」というプライドがあった。実際に朝日新聞の経営を支えていたのは90%広告だった。販売収入 はグロスで広告収入はネットで発表していたから記者もふくめ多くの人が誤解していたが、広告収入が新聞経営を支えていたのだ。

さらに考え なければいけないのは当時の日本経済の状態、つまりバブルである。関東は完全な人不足に陥っており、もし求人広告を出して応募者が集まらなければ潰れると いうレベルの切実さで広告をうっている中小企業がたくさんあった。いや、企業に限らず蕎麦屋ですら、店員が集まらないから潰れていた。つまり広告を出すこ とが死活問題であった人々が多くいたのだ。

我々が蕎麦屋をはじめそうした人々と直接に話をする訳ではないが、広告代理店の連中から「この 広告が入らないと首をつる人が出る」という話を聞いたのも事実だ。半分は脅しだが、幾分かは事実だ。つまり広告には全紙面を昭和天皇追悼記事で埋め尽くす ことに反対する、それなりの正当性があったのだ。

残念ながら、そうした複雑な話は一般受けしないので、朝日新聞は悪の組織であり、運営資金は中国やロシアが提供しているということになってしまう。10年くらい前は、本当にそうした事を信じる空気があった。

朝日の偏向を徹底的に追求し弁償させ、謝罪させ、該当者の個人責任は問うべきだと私は思う。だがマス・ヒステリアや魔女狩りにしてはいけないだろう。

自分の話題はおくとしても、朝日新聞東京本社広告局広告1部長というエリート中のエリート、将来の広告局長をほぼ約束されていた人が報復人事が予想されても最後まで「特別紙面」に反対した。広告1部長は悪者なのかな・・・・ 広告マンとしては立派だと私は思う。