吹きさらしのポスター
2011.04.25

今 日の時点で民主党のポスターを貼ってる家が2軒ある。このポスターは何と2009年8月衆議院選挙の時のポスターなのだ。貼られたのは、選挙の半年前くら いだろうか。ということは、このポスターはほぼ2年貼られたままになっている。その間、風雪にさらされもはや文字も読めない状態だ。私はずっと観察してる ので民主党のポスターとわかるのだが。

洗い晒しのジーンズならともかく風雪にさらされた政党ポスターにどんな価値があるのだろうか?最近の政党ポスターはワインのように寝かせるほど味が出るのだろうか?年代物のポスター?いやいや、そんな馬鹿なことはありえない。

一 軒は金澤さんという方で、実に背景がわかりやすいのだが、もう一人の方はずっと名前を確認しなかった。数日前にたまたま通りかかった時に、表札を見て驚い た。堅い石でできた表札の名前の部分が無いのだ。元々はあったようだが特殊な工具で削り落とされている。つまり、この家は表札はあるが名前を隠しているのだ。そ れは自由だ。自分は匿名で生きたいという人はたくさんいる。だが、もし匿名で生きたいのなら何故、わざわざ民主党のポスターを目立つところに貼っているの だろうか?それは明確に政治的な自己主張なのだが。

普通に考えると何らかの組織が監視しており、ポスターを外せない事情があるのだろう。 何故なら、吹きさらしで文字すら読めなくなった民主党の2009年ポスターを貼り続けたところで何らポジティブな効果は期待できないからだ。ポジティブ な効果が期待できないのに貼り続けているのにはよほどの事情があるはずだ。それは恐らく「組織の監視」だろう。それしか考えられないからだ。

こういう風に私が住んでいる田舎町にも現在日本社会の複雑な背景を示唆する事象が転がっている。残念ながら町内で気づいたのは私だけのようだ。

追記

これだけハッキリと「地元事情」を書いてるのはネットでも私だけだろう。そのうちに友愛されるだろうと思い、それなりの覚悟はしていたが何故か未だに嫌がらせ電話程度ですんでいる。恐らく、私の人徳とか日頃の行いが良いからだろう。

ナンマイダブ、ナンマイダブ