嫌韓流に関して歴史に学ぶ
2011.08.19

私自身、韓流が嫌いだ。だがTVを見ないので、積極的な嫌韓流発言はしていない。私が一番、嫌う点はお金の流れである。例えばRain(ピ)のコンサート券がヤフー・オークションで1円で売られたことは2ch利用者には有名な話だ。

引用

ワールドスターのRain(ピ)さん バージニア工科大トンカチ基地外に ...
birthofblues.livedoor.biz/archives/50372877.html2007年4月20日 –

Rain(ピ)って名前はヤフオクの1円落札ネタでしかお目に掛からない2ちゃんねるの人気者なんですが、トンカチ基地外に迷惑しているらしい。 米大学銃乱射事件、歌手Rain(ピ)に飛び火 innolife.net>>>韓国ニュース ...

引用終わり

コンサート券を1円で売って採算が取れるのだろうか?取れる訳がない。私は、この事件以来、韓流は基本的に違法海外送金ないしはマネー・ロンダリングの手段であると考えることにした。ただ、この部分に関しては具体的な証拠が無いので今回は触れない。

ところで賢者は歴史に学ぶという。これはビスマルクの言葉らしいが、アフリカ、ケニアでも「嫌韓流」に相当する現象がおきた。しかも、この時は劇的な展開を生んだ。そこでケニアの例を紹介し、そこから何らかの教訓を学ぶことができるかを考えてみよう。

私 が最初にケニアの首都ナイロビに行ったのは1984年である。この時、1週間程度滞在した。すでにコンゴ音楽仲間から聞いていたが、ナイロビはコンゴ音楽 だらけだった。TVに出ているのは(ニュースを除けば)コンゴ人演奏家、ラジオをかければ流れるのはコンゴ音楽、観光客用でないディスコにいけば演奏して いるのはコンゴ人だった。この現象はケニアだけに限らず南アフリカをのぞくほとんど全ての国で同様な現象が見られた。あまりにコンゴ音楽が浸透したために 「コンゴ音楽帝国主義」という言葉すら使用された。つまりブラック・アフリカはコンゴの音楽的植民地になったという考えを持つ政治家がアフリカ各地に現れ た。その急先鋒がケニアの2代目大統領モイ氏である。

Daniel Toroitich arap Moi (born 2 September 1924) was the President of Kenya from 1978 until 2002.

同様なコンゴ音楽排斥運動は、ジンバブエ、ザンビア、タンザニアなどでも散発的におきたがモイ氏が取った行動は極端だった。彼はコンゴ音楽禁止令という大統領命令を出した。

1)ケニアに滞在する全てのコンゴ人演奏家の国外追放
2)レコード店がコンゴ音楽のLPやカセットを置き展示することの禁止
3)TVやラジオでコンゴ音楽をかけることの禁止

こ の大統領命令には刑罰がついており、警察がチェックしたために、ある日を境にケニアからコンゴ人演奏家と音楽が消えた。それでどうなったか?半年後には元 通りになったそうである。この部分はコンゴ音楽ファンを中心にした、アフリカ現地シーンを見ている人から聞いた情報の受け売りだが、現時点でケニアはまた コンゴ音楽中心の国になっているので間違いではないだろう。
(英国で発行されている経済雑誌エコノミスト誌のアフリカ特派員が関連記事を書いている。参考に文章末においた)。


ここには1つの教訓がある。本当に音楽や文化に魅力があるなら、例え法律で禁止されても、人々は魅力ある音楽/文化を選ぶというものだ。

対して、Kポップとして日本で流通している音楽は多くが日本語で歌われていることもあり、大きな特徴はない。特徴が無いにもかかわらずTVやラジオでかかり、CDが売れ、コンサートが満員御礼になるということは、誰かが資金提供して推進する文化戦略なのだろう。

も し、韓流嫌いの首相が日本で生まれ、Kポップのアルバムを持っていると逮捕される状況になって、なおKポップを選ぶ日本人がどれだけいるだろうか?ケニア では大統領が禁止してもコンゴ音楽を隠れて聴く人が無数にいた。そして大衆の力(people's power)に屈した形でモイ氏のコンゴ音楽禁止令は形骸化された。

さて賢者が歴史から学ぶとして、あなたは賢者だろうか?

参考

http://www.economist.com/node/2281725

Rumba in the jungle
Congo's music has a magnificent history but, like the country, faces hard times
Dec 18th 2003 | kinshasa | from the print edition

The Congolese dismissed the ban as sour grapes. Perhaps they were right. In smart discos, sweat-box bars and market-places across Africa, Congolese music is rampant. Local musicians can rarely compete. Even in Lagos, the proud home of high-life jazz, clubs echo with Congo's trademark throbbing bass, tinging guitars and racing falsettos. And in Europe Congolese music has become almost synonymous with African music.

コ ンゴ人達は、他国がコンゴ音楽を禁止したことを「負け惜しみ」と片づけた。恐らくコンゴ人が正しいのだろう。アフリカ中のディスコ、バー、露天市場でコン ゴ音楽がかかっている。現地演奏家は全く太刀打ちできない。ハイライフ・ジャズ誕生の地、ナイジェリアのラゴスのクラブにおいてもズンズンというベース、 きらきら輝くギター、駆け抜けるファルセット・ボイスが鳴り響いている。ヨーロッパにおいてコンゴ音楽はほぼアフリカ音楽と同意語になった。