公務員の数を2倍にせよ!
2011.09.07

社会制度あるいは偏見は予想以上に高く付く。例えばインドのカーストである。これが、どれだけインド社会の負担になっているか知らないが、恐らく莫大な社会的費用を生んでいるだろう。日本もインドを笑える状況にはない。

私 は昔から考えていたのだが、動物解体業に従事する人の多くが「特定層」に所属している。そういう風になった日本固有の歴史と風土があった。だが、医者が やってることだって大して変わらないではないか?医者も人体を切り刻む。研究者は動物を切り刻む。医者や医学研究者は人の福祉厚生の向上のために働いてい ると言われるかも知れない。だが、牛や豚の解体作業をする人々がいるから我々は美味しい肉を食べられるのだ。これも事実である。何故、そこに社会階層の意 識を持ち込むのか?私は長い間、これを不思議に思っていた。

それは別に医者に限らず、火葬業者もそうだ。そうした業者も特定層出身者から なることが多い。だがホスピス(末期癌患者用施設)で働く医師や看護婦は毎日、数十人の死体を扱っているのではないだろうか?そこまで極端な話をしなくて も、病院に働く医師や看護婦で死体を扱ったことの無い人はまずいないだろう。

要するに、同じように解体や死体処理にかかわっていても、尊敬される人もいれば特殊視される人もいる。当然ながら、こうした日本的な「カースト」は日本に大きな社会的費用をもたらしている。

例 えばゴミ回収業者あるいは行政の清掃局も特定層で占められることが多い。だが、こうした特殊技能を必要としない仕事においてワーク・シェアリングを行った らどうだろう?給与を半分にする代わりに、倍の人数を雇うのだ。本来なら、これは不況期における雇用維持という点において望ましい政策なのだが実現は難し い。それは結局、日本人に何らかの階層意識があり、それがそうした職への参入障壁となるからだ。

同じことは火葬業者にも言える。ベテラン看護婦なら火葬を取り仕切ることは簡単にできるだろう。必要なら男性パート職員を付ければよい。そうすることで、社会的な偏見を減らし同時に雇用の増加を達成できる。だが、ここにも心理的障壁があるようだ。

あ んまり細かいことを書いてるとコンクリートの下駄をはいて大阪湾に沈められそうだが(笑)、私はこれは馬鹿らしいと思う。古い意識を捨てることで社会的な 偏見の解消と雇用の増加が見込めるのだ。だが意識を変えられないために、延々と高い社会的費用が請求される。要するに意識さえ変えることができれば特定層公 務員の給与を減額し倍の数を雇うという雇用政策が可能なのだ。

そうした意識が日本の長い歴史を背景にしているのは確かだ。これを変えるにはまず教育内容を変えるべきだろう。例えば、中学や高校の授 業に毎週1時間「料理」を入れて、生きた鰺(アジ)をさばいて刺身にして、みんなで食べるのも良いだろう。

肉の解体も死体処理も別に汚い作業ではない。正確には汚 い部分もある作業だが生きていく上で必要な作業だ。それに小さな頃から慣れさせることが必要だと私は考える。そうすることで社会的な費用が大きく減少する(かも知れない)。

追記

この文章を書いてる私ですら、生きた魚の頭をはねる時に何か心にチクリと痛みを感じる。それは私が甘やかされてるからだろう。残虐さとは関係なく、美味しいものを食べるために平気で動物を殺せるようにならなければいけないのだが・・・・