TPP議論に抜けてる視点
2011.11.23

TPP推進派は利権Aを代表しており反対派は利権Bを代表していると仮定する。利権AとBの重要性は同じと仮定する。また議論を簡単にするために日米の産業分野での競争力は全く同じと仮定する。

上記の仮定は非現実的なのだが、それでもTPPを推進すべきでない理由があると私は考える。それは何か?為替変動がもたらす競争力の変動である。

最初の仮定では当然ながら為替レートが現在の75−78円から大きく動かないという前提がおかれている。ここで1つ自明なのは円高ドル安の長期トレンドがプラザ合意以降、ずっと継続している点だ。

このトレンドが変わると考える理由がないので、将来はさらに円高ドル安になると考えるのは妥当な推測だろう。

こ こで為替レートが1ドル=75円から65円になったとしよう。ドルが15%程度安くなっている。安くなったということは15%競争力が増したと同じだ。何 故ならTPPで貿易障壁はなくなっているからだ。そうなるとアメリカは全ての分野で日本に対し競争力を持つようになる。

為替が一方的に円 高ドル安になるとも考えにくいので逆に円安になったと仮定する。今度は日本の産業が全てに競争力を持つことになるように見える。本当だろうか?製造業にお けるライバルとして、ここでは韓国と中国を想定してみる。両国ともTPPに加入する気がない。両国は製造業に補助金を出して輸出を維持しようとするだろ う。

つまり日米の競争力が全く同じという仮定をおいても、TPPを結んだ時の為替レートが維持された時のみにメリットが生まれる可能性がある。円高になれば明らかに日本の産業は危機に立つ。

オプション取引をする人は通貨オプションを当然、ご存知だと思う。通貨オプションは為替変動をヘッジする最も一般的な手法だ。

この通貨オプションの状況が日米で大きく異なる。アメリカでは証券会社に口座さえ開けば、その日から誰でも通貨オプションの売買ができる。日本においてはシカゴCME市場に相当する市場そのものが無い。

別の言葉で言い換えれば、アメリカ側にとって見れば為替変動のヘッジは極めて簡単だ。大体、原油にせよ小麦にせよ多くの商品がドル建てだ。また貿易の多く(ほぼ全部?)がドル建てで行われている。つまり為替変動リスクをアメリカは貿易相手国に負わせているのだ。

このように、日本側が一方的に為替変動リスクにさらされ、さらにリスク・ヘッジをする通貨オプション市場を財務省が認めない状況で、アメリカを含む国々とTPPを行うのは自殺行為である。

日本の農業や医療を特に保護する分野と見なさず、全ての分野で日米の競争力が同じという仮定をおいてもTPPで日本が一方的に損をする。その理由は為替変動リスクとそのヘッジ手法における日米の大きな違いが存在するからだ。

追記1

トヨタのような輸出企業大手になると、北米本社あるいは支社を持っている。そこで通貨オプションあるいはNDF(差金決済の通貨先物)を使用して、いくらでも為替変動ヘッジのポジションを作ることができる。

農業や医療分野で働く人がどうやって為替変動をヘッジすることができるのか?通貨オプションが日本でもアメリカ同様に普及したとしても、そこで為替変動ヘッジポジションを作るのは初歩の金融工学程度の知識が必要だ。

つまりTPPは最初から無理筋なのだ。

追記2

為 替変動リスクをアメリカは貿易相手国に負わせているとはどういう事か説明したい。アップルが日本の会社Bに対し、部品製造委託として100万ドルの契約を したとする。アップル側には為替リスクはない。彼らは注文した通りの品物が納期通り納品されるかを心配していればよい。支払う額は100万ドルと契約書で 決まっている。

一方で、この仕事を請け負った日本の会社Bは製品を納入して100万ドルを受け取ることは可能なのだが、その100万ドルが日本円にして幾らになるかはわからない。何故ならドル建ての契約だからだ。

ここで日本の会社Bは受注した時点で為替予約なりをすることで日本円での受取額を確定することはできる。だが、そうした為替ヘッジをすることは保険をかけることなので当然、余計な費用が発生する。為替ヘッジをしないとアップルに納品した時点での為替レートが適用される。

つまりドル建ての契約をした段階でアップルは全ての為替変動リスクを日本の会社Bに負わせているのだ。