適切なサイズの政府
2011.12.28

今の日本社会には、「政府は小さいほうがいい」と言う考え方が根強い。この考え方の根拠になっているのは言うまでもなく自由主義経済学だ。特にシカゴ学派のボス、ミルトン・フリードマンの影響がある。

80年代は私も政府は小さいほど良いと考えていた。今は少し違う。政府が大きいか小さいかは関係ない。時代の要求するサイズの政府を実現することが重要だと考えるようになった。

大体、効率を追求することが必ずしも社会にとり望ましいとは限らない。会社の人件費を削って、その会社は利益が上がるかもしれない。だが給与所得者が減少する分はボディーブローのように社会に損失をあたえる。削られた職が海外にいけばなおさらだ。

今ざっと考えて、効率をいくらでも追求すべきと自信を持って言えるのはエネルギー効率くらいしかない。現在、日本社会では若者の職がない。ならエネルギー公社を設立しよう。ここは官庁ではなく、むしろ郵便局/局員のような位置づけを考えている。

(郵便局のかたがたを侮辱する意図は全くありません)

日 本国有鉄道・日本電信電話公社・日本専売公社の民営化が中曽根内閣によって実現された。だが中曽根の時、日本は高度成長期にあり、経済のパイそ のものが大きくなっていた。成長期に小さな政府を志向するのは理にかなっている。現状の日本が志向すべきなのは「公社の復活」では無いだろうか?

権益まみれにならないように新しい公社では高い透明性を維持すると仮定する。なお、これが実現できるかどうかは不明だ。

エネルギー公社は何をする役所なのか?日本社会のエネルギー効率を最大限、追求することを目的とする。社会のエネルギー効率が上がることは無条件によい。非難や批判する理由が無い。

ここで非常に具体的な自分の話を持ち出す。

私 は寒さに弱い。山口県は比較的温暖だが、それでも零度をわる。そこで中国電力の営業と話をして深夜電力契約をした。これにより昼間の電気料金がすこし上が り、夜11時から朝7時までの時間帯料金が1/3になった。この時間帯にエアコンをガンガンかける。元々、音楽を演奏するために二重窓になっていることも あり、余熱で朝9時くらいまでは暖かい。9時を過ぎると太陽が照っていれば、陽光によりそれなりに暖かい。

この時に、遊んでいる土地に太陽光パネルを設置して売電事業をやったらどうかと考え少し調べた。当時の結論は「損をするだけ」だった。しかしエネルギー多様化に価値を見いだすならやってもいいだろう。

エ ネルギー公社は基本的に低賃金の営業職団体と位置づける。各家庭や企業を周り、エネルギーに関する様々な提案をする。低賃金で人が集まるのか?これは不明だが、少 なくとも役所で働くことは地方ではそれなりの地位とみなされている。また銀行なども相手が公務員(みなし公務員)であるなら優先して融資してくれる。それ を考えると低賃金だから暮らせないとは言えない。

今、銀行は貸し出し先に困っている。国が職を保証しているなら貸さない理由がない。

具体的に何を提案するのか?例えば電気自動車の蓄電バッテリーを使用した夜間充電である。あるいは蓄電池が高機能でそこそこ安くなれば、自家発電も良い。今ある技術なら2重窓あるいは特殊断熱ガラス窓も良い。様々な断熱・遮熱機材がある。

(もっと色々なエネルギー提案が可能だと思うが、現時点で思いつくものだけを挙げている)

さらに新しい技術も生まれている。蓄電技術が非常に進めば海外に電気を売っても良いだろう。何を馬鹿なことをと思われるかも知れないが、今、日本が海外に金(ゴールド)を売っているのは事実だ。

ここでエネルギー公社の仕事ぶりの評価は簡単にできる。日本社会のエネルギー効率を見れば良いからだ。プラスして発電の多様化、燃料の海外依存度低下などを考慮すべきだろう。

後、3日で2011年が終わる。ここで私は思うのだが、日本にとり必要なのは公務員制度の透明度向上であり人員削減では無いだろう。この透明度という点で大いに不満があるのは確かだ。

だが、透明度が高い公務員組織が可能であるなら、むしろ(低賃金の)公務員を増やしたほうが良いと私は考えるのだ。どうせ公務員を増やすならエネルギー公社という新しい「しがらみ」の無い組織を作ったほうが良いと私は考える。

それは社会主義思想では無いのかと言われるかも知れない。その通りである。時代が大きい政府を要求しているから政府のサイズを大きくしようと主張している。ただし透明性を保ち利権を排するという条件のもとで。