嗚呼、忠犬ロク
2013.05.08

昔、子犬を父親が買ってきた。血統書つきの柴犬だった。平成六年(1994年)だったのでロクと名付けられた。私の両親は、この犬を可愛がった。溺愛した。

この犬は13歳まで生きた。ということは2007年まで生きた。ある日の朝、おきて犬小屋を見るといない。両親は犬の名前を呼び、町内を探し回った。もちろん私も探した。

こ の犬にはおかしな性癖があった。それは首輪を外して逃げることに快楽を見つける部分だった。既に何回も首輪を外して逃げていた。そういう意味では前科4犯 だった。最後の時も、首輪の金具が緩くなったのを見極めて逃げたのだろうという結論になった。何しろ、この犬は隙あれば逃げてやろうという歪んだ根性を 持った犬だからだ。

逃げた時の歳が13歳で人間にして見れば十分に「老人」だった。私や父親は「恐らく首輪を自分で振り切って逃げて車にはねられ処分されたのだろう、飼い主に死に様を見せなかった良い最後だ」と評価した。だが母親は何週間経とうと「ロクやー」と声を出して町内を回った。

母親が、この柴犬に対し「そこまでの愛情」を持った理由の一部は私が結婚もせず子供を作らなかった部分にあるので私は痛々しい気持ちで母親の挙動を見守った。

「一線をこえた」と思ったのは年をこした翌年だった。電話があり「柴犬がいる。誰も受取手がない。処分されるかも知れない」と告げられた。母親は電車を乗り継ぎ、数駅先まで見にいった。もちろん、これは違う犬だった。半年以上経過してまだ生きてる訳がない。

だが母親は一年経ってもまだ「ロクやー」と言い、近所の人に声をかけた。いくら何でも、これはおかしい、病気ではないのかと私は思った。そして調べたら「病気」だった・・・